ピアノ発表会

 やっと終わりました、ピアノ発表会。
 思えばここ数週間、私の生活と懸念はこれに占められていたと言ったら過言かな。
その悪戦苦闘ぶりは、前回にも書いた通り。
発表会のプレッシャーで、すっかり練習嫌いになっている我が子。その横で、ああでもない、こうでもないと無駄な説教をする私。そして子供が学校に行ってしまった後、暇さえあればドレス作りでカタカタとミシンを踏む日常。
 私の、物を作る喜びは最初の数日で尽きてしまい、次第に義務感だけが募ってきて、「何とか間に合わせよう」との一心で、当日の朝まで縫っていた。
 一方、肝心の本人のピアノの出来栄えはと言うと、本番一週間前に、奇跡的にミスタッチもなく仕上がって、本人もほっとし、そこからまた急降下で落ちて行ったというありさま。
 でも私は、前回にも書いた怒涛の日々を抜け出そうと、夫が地方公演から帰って来たのを境に、全部彼に委託して、自分は衣裳係に徹してしまったのだ。
 つまり、監督役から「逃げた」のであるけれど、そのことは夫が帰って来る数日前から、子供にも宣言してあって、だから子供も「お父さんが帰って来たら厳しい練習が待っている」という覚悟の元にやっていたような気がする。

 夫の練習の最初の日は、もう娘もまな板の上の鯉だった。
 お父さんはあまり細かいことを言わず、とにかく通しで何回も弾かせる。
 一度弾いたら、「はい、もう一回。」二度目が終わっても、「はい、もう一回。」そんなにやったら飽きるだろうという回数になっても、しかも、自分はソファーに座ってテレビの野球に目を走らせながらなのに、子供の方は文句も言わず、黙って従う。
 なんと、私の時と態度の違うことか!
文句が言いたくなるのを押さえて、「いやいや、お父さんの権威を高めるいいきっかけだったかも。」と思い直し、台所で黙って聞いている私だった。
 4,5回も弾くと、さすがに演出家は「じゃあ、立って深呼吸しよう。」とか「目の前にお客さんがいると思って。」とか「自分が楽しんで弾こう。」とか「見ている人も楽しませる気持ちで弾こう。」とか言い出す。
 そのことにどれだけ反応しているのか分からないが、娘も言われた通り、深呼吸したり、外の空気を吸ったりして、また黙々とピアノに向かう。まるで観念しきっている犬のようだ。
 そうしているうちに完成していたのだ。

 だけど、そこからが芝居と同じで、一度完成したように見えて、油断したり飽きたり慣れたりがたたって、うまく行かなくなる。悪い場合は、間違えたことによって自信を失くして、今までよかったところもめちゃくちゃになることだ。
 発表会の当日は、出番が夕方だったので、朝から時間をあけて二度ピアノに向かった。
 しかし、どちらもその一回目がひどい。2,3回もやれば、間違いも減ってきて、元通りになるのだが、会場に行ったら練習できないし、一回目に集中しなくてどうするかと思っていたら、時間も迫って来て、最後の最後の家での練習がまた一段とひどかった。ミスタッチ数え切れない、フレーズごと飛ばす…。

 だから、彼女の出番になった時、それはそれは緊張した。本人は朝からハイテンションで、その上会場に行ってからドレスにも着替えて、ますます興奮していたが、親二人は当日の練習の出来から言って、最悪のことになりはしないかと手に汗をかいていた。
 出番前に仲のいいお友達の演奏があって、娘はそれを聞いてから、控え室に向かうという段取りだったが、このお友達がまたえらく緊張していて、演奏途中で真っ白になってしまったようだった。
 芝居で、そういう場面に出くわしたことがないわけではない。年配の俳優さんが、シェイクスピアの長い台詞で全く訳が分からなくなってしまったとき、その相手役だった私は一緒に冷や汗をかいて、何とかその場を取り繕うとしたことを思い出した。その俳優さんの顔がみるみる白くなっていくのを、役者特有のどこか冷静な頭で「心臓に負担がかからないかな」などと思っていたが、目の前の少女はよく知っている子であるだけに、また娘の出番もすぐ後に控えているだけに、とても他人事とは思えなくて、ものすごくつらかった。
 何でも見ているだけの方がよほどつらい。幸い、彼女もある時点で自分を取り戻し、その後は、とても数ヶ月前に始めたとは思えない程、上手に弾いていてびっくりさせられたが。
 
 果たして娘の出番が来て、得意のニヤニヤ笑いで客席を見るのかと思いきや、視線を落としたままおじぎ。「あれ、へんだな」と思ったら、ようやく顔を上げて、少し微笑んだかと思うと、すぐにピアノに向かった。
 何度かスカートを直して、最初のキーを叩く。その間、私の心臓は鳴りっ放し。よし、本人の代わりにイメージトレーニングだ!と、いいイメージを思い描いて祈ろうとするけど、へたくそな演奏がどうしても頭をよぎる。
 しかし、そんな私の心配をよそに、娘の指は予想以上にしっかりしていて力強かった。大きなしっかりした音で、リズムを刻みつつ、メロディーを重ねて行った。
 気がつくと、演奏は終わっていた。ミスタッチが一回、でもそのほかはかなりまともだった。
 前列に座っていた、別のお友達のおじいちゃまが突然振り返って、「素晴らしい出来でしたね。」とお世辞で誉めてくれた。
 私たちも、思い切り拍手した。よかった。とにかく、なんとかやりおおせた。無事に終わったのだ!
渾身の出来栄えでなくても、それで充分。「まあまあな演奏」でも、私たちは安堵のため息をついたのだった。

 客席に帰って来た娘は、もう大満足。「どうだった?上手だった?」の連発で、興奮しまくり。自分に甘いやつめ。
ほかの人の演奏も耳に入らないらしく、終わるまでずっとそわそわしていた。
 帰る道中も、達成感の塊りと化した彼女は、「これで旅行連れて行ってくれる?」と甘えるわ、「なんでビデオ摂ってないの?!(あわててビデオ忘れたのね、私ったら。)」と言って人を責めるわ、この世の春だった。
 真実はどうであれ、この「やりきった」感はきっと彼女を成長させるだろう。それだけで、この発表会は成功だ。
 しかも、こういう時って、子供の頭も回るのか、お父さんに「おじぎしたときは緊張してたけど、弾く前に家とおんなじ。お父さんがソファーでテレビ見ながら、もう一回、もう一回と言ってるのと同じだと思ってやったの。そしたら緊張しなかった」とのたまったそうだ。もし、ほんとだとしたら凄い。でも、私たちには、お父さんを喜ばそうとして言ったとしか思えなかった。それでも、それが「お父さん、ありがとう」に聞こえて、私まで嬉しかった。
 夜遅くなっても、私たちも娘の興奮に当てられてしばらく寝る気にならず、二人でビールでお祝いした。お互いの監督が何とか功を奏したこと、そして娘が、やらされたわけではなく、自分が頑張った証拠に成功を収めたと勘違い(?)して満足の眠りについたことで、久しぶりにとてもいいお酒だった。
 
 そして私は携帯で撮ったドレス姿の写真を、「これ、私が作ったの!見て見て~」とピアノ仲間に送りつけ、「すごいね!」「よかったね!」の賛辞を無理やり奪い取り、自分へのごほうびにしたのだった。ありがとう、みんな~。

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ピアノのお稽古

 お稽古事ってほんとに親の頭を悩ませる。
世の中の子供で、「これがやりたい!」と自分で好きなことを選び取ってきて、重なる練習にも歯をくいしばって耐え抜き、あるいは意気揚々とクリアし、果てはその道を進むことになる子がどのくらいいるのだろうか。
サッカーや野球、ピアノやほかの楽器、バレエでもスケートでも新体操でも何でも、いわゆる「ものになる」子なんて、いわゆる「一握り」。イチローや、浅田真央ちゃんなんて、子供の頃から毎日の苦しい練習をものともせずにやってきたからこそ、あのポジションで、あの実力なんだし、それはもうお稽古事の域を超えているのだろうとは思うけど。
 たぶん、私を含めた大抵の親は、「好きならやっていいよ。」で始まり、あるいは好きになってほしくてやらせ始めて、子供があまり熱心でないのを見て、ため息をついてしまうのだ。
 お稽古事を始めたのなら、少なくとも練習はしてほしい。先生のところへ行く日だけじゃなく、毎日の自分のレッスンだ。下手でもいいのだ。とにかく、この子はそれが好きなんだと分かりさえすれば。
 練習から帰って来たら、自分でピアノの蓋を開ける、グローブを磨く、稽古着やその他稽古グッズを見たり、なでたり、いじったり。そんな様子を見るだけでも、親というものは「やらせてよかった。月謝を払う甲斐があるというもの。」と思う。最初の「あわよくばこの子の将来は…」てな、的はずれな希望を捨てた後でもね。
 しかし、我が子のピアノに対する態度ったら…。
バイオリンをやめた後、いや、やめる前から「ピアノがやりたい」と言っていたのは彼女の方だ。
この春、幼児科のグループレッスンが終了し、個人レッスンに移った。エレクトーンでなく、ピアノを弾けるようになろうと、本人を交えて家族で話し合った結果だ。                              しかし、やはり楽器の稽古は厳しい。新しい先生は若くて、とても優しいけど、ぬるま湯からいきなり温泉に移された我が子は、絵のついていない大人用の楽譜や、ドレミを読まされること(当たり前だけど)、来週までに弾いてくる量の多いことにただびっくりして、ついていけない。
 しかもその時点で2ヵ月後には発表会を控えていた。もう今では後3週間になってしまったが、移った当初は目標があっていいかも、と思ったが、これが娘には今までにないプレッシャーだ。
 弾いたことのない和音、しかも広げた指の幅がぎりぎりのがいくつも出てくる。右手で一度に二音を押さえなきゃいけなかったり、娘は目を白黒。
 だから、レッスンから帰って来たら、忘れないうちにピアノに向かえばいいものを、「解放された」気分で遊んでしまう。そして次の日から、思い出し思い出し弾くのだけど、効率が悪いったら。
 やがて、つっかえて怒る。泣く、わめく。嫌なのは、なぜか私のせいにされることだ。
 私が怒ってもいないうちから、「だってお母さんが怒るからできない。」と。そして、私をぶったり蹴ったり。
 楽譜を説明しようとすると、その手をはねのける。そして「発表会に出れない。出たくない。できない~」と言って泣く。
 「そんなことなら、やめてもいいよ。」と言うと、今度は「やめたくないのに、やめさせる。」と言う。どうして練習が必要なのかと説こうとすると、両手で耳をふさぐ。
 もう何も言えないと黙っていると、「なんで黙ってるの!」と騒ぐ。
 手がつけられない。これが練習を始めて5分の有様だ。
 ほんとうにもうやめたほうがいいんじゃないかと思う。が、先日数回目のレッスンに行ったら、「前半とてもよくなりました!」との先生の誉め言葉。なぜかレッスンに行く前後は機嫌がよくなる娘は、もうにっこにこ。そして次の日には、毎日5分程度の練習でよくここまで弾けるようになったと思うくらい、突然変貌を遂げたりするのだ。                                                 そんな時私は素直に感心。そのことを考えるだけでも幸せになり、「子供のパワーってやっぱりすごい。後は本人の努力と気の持ちようだ」と思っていると、また次の日につっかえて、それが私のせいになる。
 
 普通のことでは、怒ったりぐずったりしても、ここまで性格が悪くならないけど、どうして楽器の練習というと、こうまで激しくなるのだろう。 まるで人格が変わるようだ。とても不思議。そしてまた、この楽器の練習で、親子の関係が悪くなった、子供を叱り飛ばして音楽嫌いにさせてしまった、と何人もの先輩ママから聞いたことがある。あな、おそろしや。楽器の稽古。
 時々、本当にもうピアノなどやめたほうがいいのでは、と思う。この先弾けるようになったとしても、練習のたびに自分の中の悪魔を引き出していいものだろうか。やがていつかは、母のせいじゃなく、練習や時間によって乗り越えていくことを覚えるのだろうか。
 そう思いながら、発表会のモチベーションを高めるために、本人の大好きなピンクのドレスを作るべく、生地や本を用意している私って何?ああ、これがムダになりませんように。

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ショックな言葉

 恐ろしい話を聞いてしまった。
 母親があまりに子供に対して指導権を握り、子供の行動を指図していると、大人になってからも、自分が本当は何がやりたくて何が好きなのか、分からない人になってしまうという。
 字面で読んでいたら、「そりゃそうだろう」くらいにしか思わないだろうが、今の私にはドキッとするような示唆だ。
 言っていたのは、カウンセラーをやっている友人。彼女自身、三人の子の母親であるが、相談しに来る人に「自分がこの先何をしたらいいか分からない」とか「親が死んでしまうのが不安。なぜなら、親の死後、自分がどう生きていけばいいか分からないから」などと言う人が結構いるのだそうだ。
 30代後半になっても、自分が何かするときに、まだ親の指示をいちいち仰いでいる人もいるらしい。
 そういう人の家族関係を聞くと、大体決まって、親が小さい時から何につけても、子供に指示していた過去があるんだとか。
 「私はそんなんじゃない」と思いたいところだが、そういう子というのは、子供同士数人で何か物を分けるとき、「あたしは後でいい」なんて引いちゃうような子らしい。う!ビンゴ…。うちの子はそういう傾向がある。
 ということは、私がいちいち指図しているのか?

 そう言われて、おのれの言動を振り返ってみると、朝学校へ行かせるまでの時間、「トイレ行った?顔洗った?はみがきは?はやくお着替えして」とのべつまくなしの指示の嵐だ。自分でも、「忘れ物は?ハンカチ持った?」まで聞く必要はないのでは?と日々思っていたところだった。
 こちらが働きかけないと、いつまでたっても支度しない、と思い込んでいるのは親の方で、ある時いっさい指示をやめて、遅刻でも何でもさせて、痛い目に会わせると、次からは自分できちんとやるらしい。「1回遅刻させてみたら?」と彼女は言う。
 そういえば、同じことを今まで2,3回言われたなあ。一人は担任の先生だった。だから、本当に遅刻させても構わないのだ。なのに、自分の一言ですべてが解決するなら、と思って、「早く~しなさい」と口を出してしまうのだ。
 これでは、子供が育たない。すべてが解決するどころか、後になってとんでもないことになることが、よく分かった。

 お稽古事も、勉強も、万事そのようだ。
ピアノもバレエも、本当はこちらが興味があるだけ。あるいは、子供の時やらせてもらえなかった腹いせ(?)に、子供に押し付けているだけなのかも。さも、子供にはこれが必要だとばかりに。
 やりたいのはむしろ、自分の方なのに。
 思えば、子供がお腹にいる頃から、「早教育」の名の下に、私は支配し、押し付けていたのかもしれない。
 娘を産むと、母親は娘の一生を使って、もう一度人生を生きようとする、とどこかに書いてあったのを読んだ時も、ドキッとしたものだけど、まさに私は自分の趣味・欲望・主義を娘に投影していたかもしれない。
 ああ、おそろしや、おそろしや。そうしていつの間にか、娘が骨抜きになって、好き嫌いもやりたいこともわからなくなってしまうのか。

 うすうす感じつつ、ふたをしていた考えを新たに日なたに出されてしまったようだった。友人と別れてから、とことん考えざるを得なくなり、この際だからと自分の胸をえぐってみた。
 確かに、「転ばぬ先の杖」を用い過ぎていた。「ああしなさい」「こうしなさい」と言い過ぎていた。お稽古事は自分の趣味だし、「~こうなってほしい」という親の考えの表れで、娘の好みじゃないのだろう。
 ここは一つ、踏ん張りどころ。忍耐だ。我慢だ。
 朝、顔洗ってないのを知っていても、もう口に出すまい。ぼんやりして着替えが遅くて、学校のチャイムが聞こえてきても、「早く」とは言うまい。
 ということは、これは手抜き子育てのようにも思えるが、はたしてそのくらいでちょうどいいのかもしれない。
 親は子供に向き合いすぎるな、っていうものね。だから、子供が思春期になって息つまらせてキレちゃったりするのだ。
 親は自分のことに夢中になっているくらいでいいのかも。だって、冬の間、早朝ロケが続いて、おばあちゃんに朝面倒を見てもらっていたときは、何でもさっさとやっていたと聞いている。その後しばらく、私が口を出すまでもなく、自分でさっさとやっていた時もあったのだし。
 大丈夫。まだ間に合う。幸い、友達といて、「あたしは後でいい」と引くのも毎回でないようだし、最近はお友達が家に来ても自分の意見をちゃんと言えてるようだもあるし。

 今日は朝私が忙しかったこともあって、何も言わずにすんだ。そして却って早く支度ができて、しかも自分から進んでやっていた。すごい。言わなくてもできるじゃないか。前途に光明あり。
 明日からも、何も言わないぞ~!勉強しろとも、早く寝ろとも。
 ああ、しかし、でも、ピアノの発表会はどうしよう…???

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ホーム慰問

 4月末のある晴れた日、私の率いるキッズ・ワークショップで、老人ホーム慰問を行った。
 きっかけは昨年暮れのキッズ・ワークショップの発表会。親御さんやお友達、おじいちゃん・おばあちゃんに観て頂いて、出演者の子供たちは嬉しそうだった。なかでも、おじいちゃん・おばあちゃんはお孫さんの活躍ぶりを目を細めてご覧になっていたようだ。
 その姿を見るだけでも「いいことしたなー」と悦に入る私だったが、あるお子さんのおばあちゃまが、打ち上げの席で「私たちは子供からパワーがもらえるんです。これで終わるのはもったいないから、もっと老人に見せてあげてほしい。」とおっしゃったのだ。 
 「なるほど」と思った私。でもその時考えていたのは、張り切って演技し、一回り成長した子供たちにもっと場数を踏ませてあげたいということだった。だから、別にご老人だけということでなく、お祭りやパフォーマンスの場を探してみようかなと漠然と思っていたのだが、ふと以前娘の通っていた保育園で、近所の老人ホームに慰問に行った話や、バレエ教室で慰問に行った話を思い出した。子供たちが拙いながらも何か披露すると、おじいちゃんおばあちゃんがとても喜んで下さるだけでなく、演技をする当の子供たちが「かわいい、かわいい」のまなざしに当てられて、とてもいい表情をすると聞いていたことを思い出したのだ。
 
 じゃあ、老人ホーム慰問だ!と即、私の心は決まる。
 別にボランティアや社会福祉という特別な感覚もたいしてなく、私の動機はどちらかと言うと、子供たちの発表の場を増やし、自信をつけさせたいということ。それに加えて、日頃小さな子供に触れる機会の少ないお年寄りに「元気」を差し上げられるなら、これ以上嬉しいことはない。

 当日は車椅子の方が20名強、集まって下さった。全員お集まりになるまで、数十分かかったが、ただじっと待って下さる。「待つ」ということに関しては、子供たちと対極にいるご老人たち。人生のどのくらいを過ぎれば、あんなに静かに「待つ」時間を受け入れることができるのだろう。
 ホームの管理の方が私たちを紹介してくれて、わずか30分の会は始まった。司会が私に代わった時、お年寄りのお顔がくいっと持ち上がった気がした。普段聞かない声を聞いて、突然生命の息吹を感じられたように見えた。
 そして子供たちを一列に並ばせて自己紹介させると、さらにお年寄り達の目がきらきらと輝き始める。それだけでも来てよかったと思った。
 
 子供たちは前日のリハーサルより、ずっと上手に演技し、リラックスして踊って、大喝采を受けた。昨年暮れから私の都合で全くレッスンをしていなかったし、3ヶ月半ブランクがあって、1,2回練習しただけでは、到底以前のレベルにも追いついてはいなかったから、客観的に見てお世辞にもうまいとは言えなかったが、おじいちゃん・おばあちゃんは喜んで下さったようだ。
 車椅子で上を向いたままだったおじいちゃんも、演技の間はしっかり顔が前に向いていたし、車椅子の横の板の部分を叩いて拍子を取っているおじいちゃんもいた。うまく回らない舌で声を上げているおじいちゃんもいた。前列のおばあちゃんは、始終顔がほころんでいた。
 子供たちは、どう思って演技していたかは分からない。見てくれる人が友達だろうが、ホームの方だろうが関係なかったのかもしれない。
 だが、全体的に流れるリラックスした雰囲気は確かに感じていたはずだ。失敗しても許される雰囲気、ただ存在を温かく受け止めてくれる雰囲気。

 演技が終わって、控え室に戻って、戴いたお茶とクッキーを食べている時、子供たちはてんでに感想を述べ合い、とても満足げだった。そして、それ以上に嬉しそうなのが、ついてきてくれたお父さん・お母さんたち。
 私の一存でホーム慰問などを決めて、貴重な日曜日を費やさせてしまったが、そんなこと少しも気にされてないようだった。むしろ、ホームで働いていた経験を語ってくれたお母さんや、この次するならこんなことも、とアイデアを出してくださったお母さんもいて、皆さんがこの体験を喜んでくださったのを感じた。

 たまの休日、何らお金をかけなくても、魂がほっとする経験ができる。自分のできることをやって、それを出し惜しみさえしなければ。お仕着せにならず、義務だと決めず、これからもできることをやっていきたい。その時、こどもたちが強い味方になってくれる。
 この体験から2週間たってレッスンで再会して、またまた成長した顔に会えた時は本当に嬉しかった。子供の成長に直接触れ合うことができて、自分ながら結構いい活動をしているのじゃないかと、しみじみ思う私だった。

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半身浴とソックス

 我が子は鼻アレルギーだ。年々ひどくなっている。
昔から風邪はひきやすかったが、ひいても長くて2週間で鼻水も止まっていた。
しかし、年長さんあたりから、秋になって風邪をひくと当然鼻水を出し始め、風邪が治っても冬の間も鼻水は止まらず、やがて春の花粉症の影響を受け、5月まで垂らしっぱなしということになってしまった。
 それでも、一昨年はまだましだった。昨年は10月の風邪で咳をし始めたら、風邪が治っても毎朝咳が出る。それに加えて、花粉の嵐。今までは「ん?ひょっとして花粉症なのかな?」程度だったのに、「今年はすごい量が飛んでます!」のお天気お姉さんの予告にばっちりひっかかって、家の中でも外でも、朝でも晩でも昼間でも、すごい威力のくしゃみとともに、一かたまりの鼻を噴出する。
 大人であんなくしゃみをする人を見たことがない。あの小さな鼻の奥はどうなってるんだろうと思ってしまう。
しかし、あまりにすごい突風なので、一時はすっきりするらしく、これをやっている限りは耳鼻科の鼻水吸いはいらないかなとまで思う。

 1歳くらいの時、ただの風邪では医者に連れていくのを見合わせていたことがあった。薬を処方されて飲ませても、ただいたずらに眠くなるだけで、鼻水は一向に切れないし、すぐには症状がよくならなかったからだ。
 それを言うと、私の母や姉は「医者に連れて行かないなんて」と、ひどく怪訝そうにしていたが、薬をむやみに与える方がよくない、と持論を押し通していた。
 でも、いつの頃からだろう。風邪をひくと、耳鼻科に行くようになって、そこで内科でもらうような飲み薬も処方され、習慣のように飲ませるようになってしまった。耳鼻科に行くのは、吸入をしてもらえば、幾分いいような気がしていたから。

 今回の咳と鼻水が1ヶ月続いた時も、小児科を変えて、診察を受けてはみたのだ。すると、私よりおそらくいくつか若い、すごく一生懸命な女医さんは血液検査もしてくれて、杉花粉に反応していることを知ると、まだ年内からそれに備えると言って、膨大な種類の薬を用意してくれた。
 これで鼻水と咳が止まるなら、と思って、子供を説得して朝昼晩と、種類も個数も違う薬をいくつも飲ませていたが、そのうち子供がその作業に耐えられなくなった。
 薬が苦かったこともあるようだが、最初の分を飲みきったら、もう「あのお医者さんのところへは行きたくない」と言い出したのだ。「薬がいっぱい出るから?」と聞くと「うん」と言ったが、どうもそれだけではない様子。
 あまりはっきり言わなかったが、どうやら、お医者さんが一生懸命に私に説明するのが、私を怒っているように聞こえたらしく、それが嫌だったようでもある。「〇〇してね、お母さん!」「〇〇しなきゃだめよ、お母さん!」という言い方が、きつく響いたのかもしれない。
 でも、それとともに私が「こんなに薬を飲ませていいのだろうか」という不安を抱えていたのが、伝わったのかもしれないとも思う。

 とにかく、それで私ももうそこへは行かなくなった。そうこうしているうちに、自分の仕事が忙しくなり、我が子の鼻水も朝ちょっと見るだけになってしまって、「いつものこと」になってしまった。

 しかし、花粉症の激しい季節が終わった今でも、まだ同じように鼻水や咳をしている娘を見て、どうにかして体質を変えてやれないものかと日々考えている。
 自分も同じ時期、鼻が詰まって苦しかったから、それを克服する方法として、「体を温める」やり方を模索し、夫にも試してみると、なんといつも花粉の時期は外へ出るのを億劫がっていた彼が、「調子いい」と言うのではないか。
 では子供にもいいんじゃないの!?ということで、まず私たちに効果のあった、半身浴をさせてみた。最近の子供は体温が高くなくて、風邪をひきやすいのは、体が冷えているせいだという説に納得したのだ。
 ぬるめのお風呂に20分が目標!で始まったが、本には子供は立っていていい、と書いてあるのに、うちの子はその辺が妙に律儀で、生真面目に胴体をきちんと浸からせて我慢している。そのうち、顔に大粒の汗を浮かべ、目標達成して「もう出ていいよ」というのに、お酒に酔っ払ったように目がすわり、「だめだよ、もう少し」と逆にこちらの手を引いたりする。まるでからみ酒だ。
 お風呂から出ても、機嫌が悪くて、怒りながら寝るということが3日くらい続いた。さすがによくないのでは、と思ってやめた。後から、アレルギーに詳しいボイストレーニングの先生に聞いたら、「花粉症の症状が出ているときに温めると苦しいもんだよ。」と言われて、夫にはよかったけど、子供には即当てはまる治療法ではなかったのだと気づく。

 もう一つ、私たち夫婦の間でよかったのが、五本指ソックスの重ね履き。人によっては3枚とも5枚とも言うが、とにかく寝ている間も足を温めるというやり方だ。
 一番下に五本指ソックス(絹が最適)を履いて、次に綿のソックス、その上にウールや混紡のソックスを履けば、もうばっちりだが、私たちは大体2足ずつで事足りている。
 お風呂でよく温めて、ソックスを履いて寝ると、それだけで熟睡できる。夫もしきりに「鼻がぴたっと止まった」と感心するので、それならばと今度は子供に靴下をはかせることにした。

 子供は冬でも半ズボンだったり、スカートで足を出していた、私の子供の頃とは違うのよとしきりに自分に言い聞かせつつ、娘が嫌がって寝る前に脱いでしまう靴下を、寝入ってからそっと履かせていたのだ。
 翌朝、どんなに調子よくすっきり起きてくるだろうと思った私は、予想外のことにびっくりする。
 「頭が痛い」と言って泣くのだ。
 原因が分からない。風邪か…。そういえば、おととい肌寒くなっても半袖で遊んでいたからなあ…とがっかりし、それでも靴下のおかげで、ひどくならなかったのかもしれない、などと自分をなぐさめた。
 実際、頭を冷やして二度寝し、また起きてきたらすっかり元気になっていた。
 翌日は靴下が伸びていて、夜中に自分で脱いでしまった。やはり鼻水の嵐。でも頭痛はない。
 3日目は、今度こそと思い、硬めの脱ぎにくい靴下をそっと履かせて期待した。
 しかし!翌朝はもっとひどい頭痛を訴え、とうとう学校を休むはめに。
 なのに、まただんだんとよくなり、昼前くらいになるとすっかり元気になる。
一体何なの?!夫は以前頭を打った後遺症ではないかなどと言い出し、不安を掻き立てられたが、どうも一日じっくり考えると、原因は靴下にあるような気がしてきた。
 子供の場合、夜中に足から熱や代謝物を発散させているのかもしれない。その足の裏を封じてしまったがために、頭によくないものが篭ってしまったとしたら…。

 いずれにしても、大人にいいものが子供にいいとは限らないということを身をもって学んだ。
内科と小児科はまるで違うというのは頷ける。
 が、やはり薬に頼りたくない。だから、これからも模索し続ける私。
さしあたって、甘い物を断つのはどうだろう?私にはとてもよかった。でも、子供の大反対に会うだろうなあ…。

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笑顔の毎日

 このページをリニューアルするにあたって、「子育てしてて、毎日ハッピーcoldsweats01と書いた。
でも、私は毎日、子供と接する時、実際どんな顔をしているのだろうとふと思った。
 それは、ある本を読んでいた時。
 とにかく、子供をよその子供と比べちゃいけない。母親は、いつもその子の一番のファンとして、その子が「キラリと見せた片鱗を喜んであげる」だけでいい。と書いてあった。
 小林正観さんの本だ。
 なるほど、と思った私は、そして次の文章に頭をなぐられたようにショックだった。
 「子供は、感情的な母親、感情的な大人をものすごく嫌うし、軽蔑する。」「子供は、自分では制御できない感情が、大人が制御できているのを見ると、ものすごく尊敬します。」
 軽蔑されるから、尊敬されたいから、ということではなく、子供が思うとおりの行動をしてくれないからと言って、いちいち腹を立てていたのでは、こちらが子供だと思われてしまうということに気がついた。いや、思われるのじゃなく、実際それは子供だ。
 子供は人生経験が少ないために、あるいは、まだ体が充分育ってないために、できないことが多いのだ。また、好奇心が旺盛なために、いつもまっすぐ目的のものに向かっていられない時が多い。
 それは分かってきた。だから、いろいろな言葉を使って、なだめたり、すかしたり、励ましたりする。私がぷつんと切れそうになるのは、それでも子供が泣いたり、わめいたりしたときだ。
 泣き声やわめき声を聞くと、それをやめてほしいがために、もっとこちらは大きな声を出すはめになる。
 心の底から怒っていなくても、娘にはその声だけで充分不快で、「怒られた」と感じるらしい。

 向こうがふっかけてきた喧嘩をどうはぐらかすか、「大人」だったら、それくらい頭を使ってできるだろう。私のやってきたことは、ふっかけてきた喧嘩をいつも堂々と(?)受けてたっていたこと、さらに何としてでも勝とうとしたこと、かもしれない。
 それでも、こんな私でも、子供と一緒に成長してきた部分はあって、頭ごなしに叱ったり、怒鳴り散らしたりはさすがにしなくなった。最後の砦が、「怒りの声色を出す」ことだ。
 子供を制するために、よくこの手を使ってしまうが、子供はこの声が大嫌い。結局、それを聞いた後は、もっと泣くか、ものすごい屈辱的な顔で黙り込むか、どちらかだ。
 正直言うと、どちらの顔も見たくない。本当に、もう「私を怒らせないでよ。」と言いたいが、何を言われても自分が怒らなければ解決だ。
 
 本には、続けて「どんなことがあっても、親は怒らない、怒鳴らない、腹を立てない、声を荒げない、イライラしないということをやっていくと、子供は「怒る」という解決法を取らなくなります。」と書いてあった。
 そうか、私が何かあった時、「怒る」という解決法を取っていたから、子供も自分が困ったときに、怒って見せていたのか。
 以前、学校で「どんなことがあっても、怒らない人たちがいるでしょ?みんなも見習おうよ。」と先生に言われて、その「怒らない人たち」の数名の中に、自分の名前も挙げられたのだと嬉しそうに報告してくれたことがあったけど、あれは学校という外側の世界だからだったんだ。
 だって、家の中では、特に私に対しては、甘えもわがままも手伝って、よく切れる。
親は子の鑑、と言うけれど、子は親の「鏡」だ。私の姿を写してくれているに違いない。

 子供のへそ曲がりを直すために、半年我慢して怒らなかったという友人がいたっけ。折に触れて、子供はこちらを試すようにしかけてくるが、それにも屈せず、ただ穏やかに接しているうちに、子供が変わったと言っていた。
 私もやってみよう。もちろん子供のためではあるけれど、どちらかというと、自分のために。
 いつもにこにこしているお母さん、何があっても「怒らない、イライラしない、声を荒げない」お母さんは私の理想だ。
 もし、本当にそれができたとき、私という人間はかなり根底から変わっているんじゃないだろうか。だって、感情のコントロールをすることが、この世で一番難しいのよ、と美輪明宏さんもおっしゃっていたもの。
 

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育ってくると…

 7歳ともなると、自分のことばかりか周りのことが少しずつ見えてくるようだ。
それが、昨年とあまりに違うのでびっくりする。
昨年は、小学校に入学して、環境の変化に慣れるのに精一杯だったらしく、せいぜい「あの子は今日はこんなことをして、先生がこう言って、別の子は休み時間にこんなことをして…」という、断片的な事件や事象に終始していたように思う。
 そこには自分の判断などなかった。あるのは、先生から教えられた是非の価値判断だけで、「うわばきで外に出ちゃいけないんだよ~」とか「お友達とぶつかったら、謝らなきゃいけないんだよ~」とかその程度だったと思う。
 「自分はそのことについて、こんなふうに思っているから」という私見などはもちろん育ってないし、自分と他人を比べることも殆どなかった。
 ところが、最近は「できる・できない」がよく分かってきたようだ。自分の能力ばかりでなく、誰とかは何が得意でよくできるということも分かってきて、なおかつそこに、うっすらとコンプレックスが混じっているような気さえする。
 もう、いろいろなこと、ごまかせないなと思う。
 たとえばうちの子は、あまり運動が得意でないが、余計なコンプレックスは無用と思って、両親で「やればできる。やってないだけ。」と口を揃えて言ってきたが、もう口ばかりではだまされない。実際に、外へ出て、ポール投げならポール投げをちゃんと教えて練習して、ある程度できるようになってから「ほらね。やればできるでしょ」と納得させなければならない。
 その間が大変だ。簡単にはできないので、すぐすねる。それをなだめたりすかしたり、時には叱ったりしながら、何とか興味を持たせて続けさせるというわけだ。
 ここまでお膳立てしなくても、スポーツも勉強も何でもスイスイ一人でやってしまう子もいるだろう。うちは手をかけ過ぎなのかもしれないと思う。
 でも、子供の性格もあって、何しろ新しいことにはしり込みするタイプだから、「ほらね。こわくないどころか、楽しいんだよ」と、それを紹介してやらねば、と思ってしまうのだ。
 やらねばならない、ことはないだろう。たぶん、これが二人目や三人目の子供だったら放っておくに違いない。
 でもまあ、それもこの1年か、そのくらいの間だと思えば、後で後悔もないだろう。それどころか、最近は子供に教えるために数十年ぶりにバドミントンなどやって、こちらも童心に帰ってとても楽しかった。
 算数でも国語でも、一緒についてやっていると、新たな再発見があったり、単純な計算で失われつつあった(?)脳細胞も活性化してくるようだ。高学年まで付き合っていたら、得意じゃなかった方程式なんかもやり直しができるのかな。それはそれで私にもいいことなのかもと思っている。
 バレエだって、子供が始めるからついでにやってみたら面白くて、今では私の方が熱を上げている。ピアノも、余裕があったら習いに行こうかと考えたくらいだ。
 子供と一緒に歩くのは楽しい。「人生を生き直せる」と明言している人もいるくらいだ。
 
 少々、話がずれたけど、そんなふうに思って子供に付き合ってはいるが、あまり付き合いすぎて、子供の価値観が育つ過程でちゃちゃを入れてはいけないなと自戒している。
 ピアノのグループレッスンで、どうしても先生の弾く和音をすぐに当てられないので、「なんでできないんだろうねえ。〇〇ちゃんは何でわかるのかなあ。」と子供の前で言ったら、今まで見たこともないような、コンプレックスにゆがんだ顔をした。ああ、いけない、いけない。「できる、できない」とそんなことに拘っていたら、娘の性根が曲がってしまう。
 逆に親しい子が算数があまり得意じゃないという、そのエピソードを聞いて、そのことにうっかり大人の感想を述べると、それが「価値観」となって植えつけられるのも分かってしまった。
 ああ、こうやって子供というのは、親がうっかり言った言葉によって頭の中ができてしまったりするんだな。そして「うっかり」と言うのは、日頃思っていることや、もともとの判断基準だったりするから、ほかの所でも無意識に子供の目にさらされていることも多いだろう。
 親は子の鏡、いや、反対じゃないか、子は親を写す鏡だ。明るくのびのびと屈託のない子供に育てるために、自分を振り返って、見たくない部分も見つめざるを得ない。

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新二年生。

 月曜日の入学式で新一年生を迎え、我が子も晴れて二年生だ。
少し前、桜が咲く頃までは、「もう黄色い帽子とお別れ」と考えるだけでも、何となく寂しく、信じられないような気持ちだったが、いざ真新しい黄色い帽子を被った一年生を迎えると、娘だけではなく、私までもが一つ進級したような気になり、背筋が伸びる。
 実際、暇にまかせて、入学式に披露するという新二年生の出し物を学校に見に行ったら、そこには、半年前の学芸会の時の数倍成長し、場慣れして、落ち着いた子供たちの姿があった。思えば、昨年の入学式で、この二年生の出し物を見たときは、たった1年であんなに成長するものだろうかと半信半疑だったが、本当にそうだった。
 一輪車に悠々と乗る子、縄跳びを颯爽と跳ぶ子、そのほかサッカーボールを蹴ったり、ドッジボールを投げあったり、いろいろな楽器で演奏したり。
 うちの子はまだ一輪車も乗れないし、特技もないので、順番が来て台詞を言って、後は皆と一緒にけんばんハーモニカを演奏するだけだったが、それでも舞台に乗る姿は、半年前とはだいぶ違う。
 たぶん、二年生全員が、「下に入ってきた一年生のお手本にならなくちゃ。しっかりしなきゃ。」という使命感で張り切りまくっていたのだろう。おそらく何よりも本番で、一年生を目の当たりにしたときに、責任感でぐっと成長したのではないだろうか。
 
 この入学式の頃、私と夫は機会さえあれば、校庭が全部臨める北側の自宅の窓から、大きなランドセルをしょって、ひょこひょこ帰って来る娘の姿や、運動会の練習でもたもたしながら、なんとか先生の指示に従っている姿を見て、楽しんだものだ。
 それがたった一年で、朝起きて来た時の顔つきが何となく大人びてきたり、いきなり背がまた高くなったような気がしたり、一年前の肩幅も小さく、ひ弱な小さな一年生はまったくもって、どこへ行ったのかと思うほどだ。
 そうして、親がこんなふうに、昨年のことを懐かしがったり、感慨を覚えたりしているのをよそに、子供たちは未来だけを見つめて、どんどん大きくなる。彼らには今のところ、過去なんて関係ないのだろう、きっと。どこそこへ行ったのが楽しかったとか、誰それと遊んだのが嬉しかったとか、そんないくつかの思い出だけを胸に、今日と明日のことだけを見つめ、水をやればぐんぐん伸びる植物のような生命力を感じさせる。

 新しい学年、新しい教室。どの子もまぶしいくらい輝いて見える。この季節は素晴らしい。

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ハッピーheart02!ラッキーhappy01!そして時々どんづまり


   子育てしてて”超”ハッピー!
   こんな時間が与えられて、ほんとに私は”超”ラッキー!!
   だけど、時々どんづまり…。
   いろいろあるけど、今日も明るくはりきって行こう。
   子育て8年目。仕事の方もまだまだこれから。
   仕事・育児・家庭すべてに納得の行く人生をめざして!

   「あるワーキングママのぼやき」は
   「あるワーキングママの
         ハッピーheart02!ラッキーhappy01!そして時々どんづまり
                   な日々」に
   リニューアルしました。
   今後ともどうぞよろしくお願いします。

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 ”あるワーキングママのぼやき”はしばらくお休みさせていただきます。
 
 これからもどうぞトレランスをよろしくお願い致します。

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