「アセンション2012」

 実に1年半ぶりの舞台だった。
ということは、子供にはもっと久しぶりだったんじゃないだろうか。
トレランスの公演だから、比較的あまり遅い時間までは稽古したりはしなかったので、人に預ける時間も短くて済んだけれど、それにしても、お留守番ができる時間が1時間もあるというのは、親にとっては嬉しい。

 そうだ、何より、今までと比べて、子供の方が我が家の仕事態勢に耐えられるようになったのが大きい。
親がいない「時間」のことだけではない。精神的にも耐えていた。 と言うより、親子三人で態勢を作った、と言ってもいいかもしれない。

 今回はまた両親でやっていることだから、家の中でもずっと芝居の話が飛び交っていて、はじめのうちは「あたしの話も聞いて!」と文句を言っていたが、そのうち口を挟まなくなった。
 自分の預けられ先が「ここじゃなきゃ嫌だ!」と言うことがなくなったし、シッターさんが来てくれる30分前に帰ることがあると、洗濯物を取り込んで、たたんでしまってくれることもあった(初めての日だけだったけど。家の中につってあるハンガーに自分のパンツが下がっていたのが恥ずかしかったらしい)。

 お稽古事に一人で行って帰れるようになったのも大きい。
だから、私のすることは、朝、子供が鍵を持って出かけるのを確認すること、学童からは何時に帰るのかを確認すること、今日は誰が家へ来てくれるのか、或いは誰の家で待っているのかをきちんと伝え、宿題と明日のしたくを必ずやることを約束させて、学校へ送り出すこと、それから家の中をきれいにして、夕食を作り置きしておくことだけ。
 シッターさんも、6時半になったら作ってある夕食を温めて出して一緒に食べ、8時にお風呂に入れさせ、9時半過ぎにベッドに送ることだけ。お風呂も予約で沸いているし、洗うのも髪の毛を乾かすのも全部、自分でできるようになったから、手伝うこともないらしい。
 宿題をやっている間も暇だから、シッターさんは本を読んでいるらしい。
 まさに、いてくれるだけでよかったのだ。

 しかも、寝付いた後、シッターさんの帰る終電の時刻が近づいてきたら、私も電車の中から連絡して、鍵をしめて出てきてもらうこともできた。つまり、寝ている子供を20分くらいの間、置いてくるのだ。
 その間に目が覚めたら、さすがにびっくりするだろうけど、うちの子は8年間の間、夜中に目覚めたことが2度くらいしかない。しかも寝入って1~2時間はまず大丈夫。
 地震や火事がないことだけを祈りつつ、駅でシッターさんに会ってさよならしてから、自宅へ戻る。

 さらに、あの難しい公演を2回も観れた。ほかにも、私のレッスンで教えていた小学2~6年生の子供たちが殆ど全員来てくれて、みんなおとなしく観ていたそうだから、うちの子だけが誉められるわけではないが、今までの素行からしたら進歩だ。わけの分からないストーリーだと、すぐに足をブラブラさせたり、飴やガムを食べたがったりして、横に座っていて気が気じゃなかった。

 今回は1回目はシッターさんと、2回目は演出家である父の横で観ていたが、どちらも何とか集中して観ていたようだ。
 しかし、2回目に私が冒頭の演説で一瞬ロレッた時、すかさず父の顔を見て「お母さん、やっちゃったね」という顔をしたらしい。あなどれない…。

 それにしても、3年生になると、言うことが憎らしい。
まったく笑い声のなかった日曜日の公演の後、「今日は誰も笑ってなかったね。ひひっとも聞こえなかったよ。」と言うので、「あれ?お母さんが舞台で『しゃれじゃな』って言って笑った時、お客さんも笑ってなかった?」と聞くと、「お客さんは笑ってないよ。出てる人たちが後ろで笑ってただけだよ。」と言う。
確かに、お愛想笑いをする演技で、出演者は笑っていたが…。うう、あなどれない。

 またうちの子供は、観劇の翌朝、まだよく目覚めていない父親に誉め言葉を言うのが習慣だが、私にも、目覚めて一番に「よかったよ。」と言ってくれた。
誉めるのが恥ずかしいのか、前の日に随分話してても、そんなことは言わないくせに。自分でそうするもの、と段取りを決めているのがおかしい。

 観ていない日も、「今日はよくできた?」などと聞く。「ミスしないでね」とも言う。
一人前のご挨拶。

 そのうち、舞台に立っていて、一番観てほしい人になるのだろうか。きっと、辛口コメンテイターになるんだろうな。それでも観てくれるだけいいけど。

 シッターさんと新宿からの帰り道に、がんばっているお父さんとお母さんに何かプレゼントをあげると話し合って、それぞれが好きな色の髪飾りやペンケースを買ってくれた。嬉しかった。
 また、公演が終わって、やっと暇な時間ができた夕方に、母子二人で手をつないで、近所に買い物に出かけた。「こんな時間がなかったからね~」とはしゃいでいる我が子がとても可愛くて、だから、そのためにもやはり仕事は重要だと思った。逆説的だけど。会ってない時間があったために、二人の時間がいとおしく感じる…、うーん、なんか恋人と一緒ですなあ。

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運動会

 小学校に入って3回目の運動会があった。
 今年も5月下旬まではとてもよく晴れていたので、子供たちは毎日毎日体育の時間で汗を流し、運動会に備えていた。
 運動会の2週間前ともなると、決まって朝8時10分前から始まる太鼓の音が鳴り響く。小学校に目と鼻の先のうちのマンションでは、応援団の台詞の一言一言が全部聞こえ、その時間まだ食事中の我が子は「あー、始まったー」と箸を持つ手を早めるのだった。
 そんなふうに練習万全で臨んだ運動会。当日は、少し曇りながらも29度まで上がる予報で、絶好の運動会日和の雰囲気。
 朝6時に小学校の校庭に面した窓のカーテンを開けると、門の前にはもう席取りで派遣されたお父さんたちがシートを抱えて開門を待っている。
 それを「すごいなあ」と他人事のように思いながら、私は例年のごとく、午前中かかってお弁当作りにいそしむ予定。つまり、あまりに家が近いので、早起きして家族分すっかり作っておかなくても、競技の合間にちょいちょい帰って、作りながら応援できるという距離なのだ。
 開会式の校長先生のお話が終わりそうな所で、お弁当作りを一時中断して見に行くと、ラジオ体操が始まっていた。そして、赤組、白組のそれぞれの応援歌。
 うちの小学校は3クラスずつしかないから、全校生徒合わせてもそれほどの人数ではないけれど、入ったばかりの1年生から体の大きくなった6年生までが声を揃えて歌う、この応援歌は聞いていても清清しい気分にさせられる。
 「今日はがんばる!」という、何とも子供らしい邪気のない、真っ直ぐな「気」がそこらじゅうを満たして、忘れていたものを思い出させてくれるかのようだ。感動した。なぜか涙が出そうにさえなった。

 とは言え、競技の合間にお弁当作りで毎回3階まで上り下りするのは結構大変。また、ビデオを撮ったり、ほかのお母さんとご挨拶したりで、結構気ぜわしいものだ。
 やっとお弁当も出来上がり、仲良しの家族と一緒に楽しく食べて午後の部に入った頃にはへとへとになっていた。

 午後の部のクライマックスは5,6年生による組体操とリレーだ。
 どこの小学校でも5,6年生の出し物は組体操らしいが、これがなかなか壮大な規模で、体力も使うし、技術もいる。5年生になったら、倒立などの練習をうちでもしなくてはならないんだろうなと思いながら見ていた。
 すると、中で一箇所だけ先生が待機し、手伝っている組があった。太りすぎていたり(!)、タイミングが合わなかったりして、足を持つ倒立を諦めている組はいくつかあったけど、どうも様子が違うなあと思っていたら、出し物が変わって、全員で外を向いて大きな輪を作ったとき、それが分かった。
 一人の女の子がたぶん生まれつき腰と足が不自由で、ほかの子と同じように走ったりポーズを取ったりすることができないのだった。
 それでも、その子は頬を赤くして一生懸命、クラスメートを手伝っていた。ピラミッドを作る時も、自分は中に入れないけれど、乗ろうとする子に手を貸そうとしたりしている。
 これは競技というより、むしろ演技なので、「見せる」ためのものなのだが、たぶんその付近の子供たちも親御さんたちも注視していたはずだけど、少しも悪びれず、自分のできるものには挑戦し、できないものはそこで立って見て、その場の雰囲気を損なわず、つまり一生懸命な空気を壊さずに同化していた。
 私はまたまた涙をこぼしそうになった。
 あの子のお母さんはどこで見ているのだろう。私があの子のお母さんだったら、あの子に「よくがんばった。偉かったね」と声をかけてあげられるんだろうか。素直に、誇りに思えるだろうか。そして私があの子だったら…。
 あんなふうに無心に演技できなかっただろう。母親としても振舞えなかっただろう。私にはそんな器量はない。
 
 ふと見るとわが子は、白が負けそうだと騒いでいる。こちらも無邪気なものだ。
 私はきっと、五体満足で、ちょっと風邪をひきやすいけどかなり健康な子を一人、丈夫に育てていくだけで、キャパを使いこなすようにできているのだ。それが私の今世の使命で、残っている余力は芝居に使えばいいのに違いない。神様はきっと、そういうふうに決めてくださったのだと理解しよう。
 そして、この子を無事に育てて行くこと、今度の公演を成功させることをまた心に誓うのだった。

 

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やんちゃな3年生

 春が来て我が子も3年生。
いつかこのブログにも書いたように、確かに2年生までとは違うよう。うちの子供もかなり変わった、ような気がする。

 何が変わったかって、まず口が達者になったこと。手足が伸びてバランスが変わり、幼児体型から脱しつつあること。表情が大人っぽくなったこと。
 「かわいい」という言葉が出にくくなった。これには自分でも違和感がある。
 夜、寝顔を眺めて必ずキスしたくなるほど「かわいいなあ」と思っていたものだけど、最近はふと夜中に見て、その大きくなった顔にドキッとすることがある。
 それから朝起きぬけで眠たそうな顔でやって来て、私の膝に座るという行動自体は変わらないのに、抱いたその背中が思いがけずしっかりしていること、足が床につきそうになっていることにびっくりしてしまう。そして、いつまでこんなふうに抱っこするのだろう、と思いながら、限られたその数年間をいつくしむような気持ちになってしまうのだ。

 学校でも低学年、中学年、高学年と線引きされてはいるけれど、ひょっとしたら線は2年生と3年生の間で一本なのかもしれない。
 学校での話を聞いても、先生はやんちゃになる3年生を「はじめが肝心」とばかりに毎日叱っていると聞くし、授業内容、お友達との話などを聞いても、「うわあ~。正真正銘の小学生だ。」などと思ってしまう。

 お稽古ごとも、小さい頃に始めておいてよかった、と最近思う。こんなふうに自我がはっきりしてくると、世の中にどんな習い事があるかも全部は分からないながらも、自分の好き嫌いで判断して、特にうちの子なんか食わず嫌いで何もやらなかっただろう。
 そう思うと、かつて習っていたバイオリンの先生が「3歳は黄金の時期よ」とおっしゃっていたのも分かる気がする。何も分からない(混沌としている?)幼児期は、親の与えたものが根付く可能性があるのだ。
 もちろん、子供は親の言いなりにはけっしてならないから、与えても与えてもどうしても根付かない場合や事もあるのだけど、それはそれで本人のやるべきことではなかったと思えばいい。
 そんな親、環境などすべてを選んで、子供は生まれてくるのだろう。小さい頃、何もお稽古事をしなかった私は、それも選んできたのかなあ。そして大人になった今頃に、バレエに夢中になったり、日舞をやりたくなったり、いつまでも飽きないという計算なのだろうか。
 
 またお稽古事も「通えばいい」という時期でなくなってくるのもこの頃。そろそろ「能力」が問題になってくる。もうまもなく子供自身で自分の能力や友達との違いに気がついてくるのだろう。その時、続けるのかやめるのか、また改めて親子で考え直すことになるのだろう。
 あと1,2年で最初の挫折や気づきがあるのかなあ。それとも、それはもう実際は来ているのだろうか。
子供の成長はほんとに面白い。そしてくれぐれも「面白い」と思いつつ、やっていきたいものだと思う。一人の別個の人間だとして。
 

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秘密の共有

 娘を車に乗せて、二人で神代植物公園にお花見に行った。
帰りに家の近所でも桜がきれいに咲いているところを思いついたので、そこも見たいからぐるっと回って帰ろうと、欲をかいて、いつもと違う帰路を取った。
 狭い双方向の道で、向こうから来る車をいったんやり過ごし、あらためてバックして曲がろうとしたら、やはりお花見の連中なのか、大勢で道端にたむろした人たちがいて、迎車を呼んで、わさわさ乗り込んでいる。
 「やだなあ」と思いながら、そろそろバックして、「よし!」とばかりに急いで曲がったら、「ガガ」とやーな音がして横のガードレールにわき腹をこすってしまったようだった。
 「ああああああ」といっぺんで、脇につめた~い汗。
またやってしまった。昨年の今頃も、急いで狭い道に入った時、子供が飛び出してきたので平常心を失って、早く曲がろうとして、わき腹をぐちゃぐちゃにしてしまったのだ。
 その代償は海外旅行に行けるくらいのものだった。ほんとに悲しかった。
 その時の音と似ていたので、もう止まって見る気も起こらず、家のガレージに着くまで、ひたすら「あああああ」と言っていた。
 助手席の娘も一緒になって動揺している。
 小さい時から、私の動揺をまともに受ける子だった。
 たとえば、上着のポケットに家の鍵を入れたまま、その上着を稽古場に忘れてきたことがあって、娘を保育園に迎えに行って、さあ家に入ろうとしたら鍵がなかったことがあった。
 「あああっ、ないっ!」と言った瞬間、私の心象を何倍にもして表現してくれて、たちまち「ぎゃあああああ」と泣いたっけ。それを聞いて私の方が冷静になって、「なんでそんなに泣くの?」と質問してしまった。
 私が、たぶんそういう局面で、大きな声を出したり、ものすごく慌てたりするから、うつってしまうのだろうと思うけど、おかしくなるくらい取り乱すので、かえって私が我に返ったりする。

 娘はしきりに「どうしよう、どうしよう」と言っていたが、もうこうなったら仕方ないと腹をくくった私は「とにかくお父さんには言わないで」と約束させた。過去2回、私が正直に車を傷つけたと話した時、私への言葉の攻撃も凄かったが、車が傷ついたという事実にこれでもかというほど傷ついていたからだ。
 そこのところをよーく説明して、とにかくこれはお母さんとあなただけの秘密にしてね、と念を押した。
 娘はふんふんと頷く。
 家に着いて降りて調べてみると、どうやらこすっただけで、深い傷はついていない様子。たぶん、これなら修理に出してもかなり安いに違いない。
 一安心して、家のドアを開けると、もう夫が帰って来ていた。娘に目配せして、「言わないように」と伝えたつもりだったが、実は内心ハラハラしていた。
 分かったふりしていても、お風呂に入ったときなどに、ばらしてしまうんじゃないだろうか。「あのねえ、今日お母さんねえ」と思わせぶりな発言をして、結局私から言わせるんじゃないだろうか、と。

 だが、まったく忘れてしまったかのように知らん顔だった。
 翌日、また二人で車に乗っておばあちゃんを訪ねる予定だったが、「その前に車、直した方がいいんじゃないの?」と娘が提案する。「明日、お父さんお仕事お休みだから、車でどこか行くって言ってたよ。」と。
 !グッドアイデア!なんて賢いんだろう!「そうだね、そうだね。その通りだよ。」と言いながら、祖母とのお花見の予定をずらしてもらって、まずはホームセンターで擦り傷なおしのコンパウンドを買って試してみた。
 娘は嬉々として手伝っている。「ねえ、傷ペンの方がいいんじゃないの?」と言うので、傷ペンも買って塗ってみた。「やらせて、やらせて」とまるでお絵かきでもするように、楽しんでやっている。
 
 結局、自力ではきれいにならなかったので、母がいつも利用しているというカーステーションに案内され、修理かなと思ったら、手持ちのコンパウンドできれいに直すやり方を説明してくれた。そして、力をこめて拭いたら、夢のようにきれいになって、嬉し涙が出そうだった。
 その晩も娘は何も言わなかった。
 二人きりになった時、「明日車で三人でお花見行くんでしょ。あんなにきれいになったんだから、お父さんに言ってもいいんじゃないの?」と言われたが、まだ言いたくない理由があって、「今は言わないで」と言っておいた。
 娘はどこまでも約束を守る。
 翌日三人で車でお花見のはしごをして、何度も何度も車を乗り降りしたのに、夫は何も気づかない。娘も私も一言も言わない。それで娘は忘れてしまったのだと思っていた。
 最後に家に帰り着いて、今度は二人でピアノの稽古に向かった時、助手席に乗るやいなや、「お父さん何も言わなかったね。」と言った。
 忘れていなかったのだ。そして、約束を守ってくれていたのだ。なんて口が堅いんだ。
 私は素直に驚いた。そんなことができるなんて。これも成長かなあ。
 この先、娘を味方につけておいたほうが絶対いいような気がする。それには、私の方も娘との約束を守らなきゃ。娘に「お父さんには言わないで」と言われたことを、彼女が寝た後に言ってしまったことがあるけど、今度から言わないようにしよう。(なるべくね)
 なんだか、娘が急に大人っぽくなったような気がした。
 これなら、今回の傷とは別に、3ヶ月くらい前に車にポチンとへこみを作ってしまったことを私だけの秘密にしてあるのだけど、教えてあげてもいいかもね。

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おつかい

 うちの子は今、おつかいに行っている。それで私も、こうしてのうのうとパソコンに向かっていられるわけだ。
 昨年、一年生になってから「はじめてのおつかい」を果たして以来、まだ数えて3回目、昔の子供からは考えられないような情けない経験ではある。
 実は、きのうの夕方、お米やペットボトルの水を大量に買うために、近所のスーパーへ家族3人、車で出かけたところ、店内で一人でおつかいに来ている隣のお嬢さんにばったり会った。
 リュックサックを背負い、お母さんに書いてもらったメモを頼りに、とりのむね肉や食パンをかごに入れて、レジに並んでいた。レジではちゃんと「レジ袋要りません」のカードをかごに入れ、お母さんから預かった、その店のポイントカードを提示し、買ったものをリュックサックにつめていた。
 感心した。しっかりしている上に、エコ!家庭でのしつけが目に見えるようだ。
 けれど、そんなふうに見える子も、聞いてみるとおつかいはとても久しぶりとのこと、ものすごくドキドキしていたらしい。それで、車に乗せて連れ帰ってあげようかとも思ったけど、それではおつかいの練習にならないから、お隣のママは喜ばないだろう。
 そこで、我が子を一緒に歩いて帰らせることにした。隣のお嬢さんは嬉しそうだった。
 夜になると我が娘は、「おつかいが…」と何だかもじもじ言うので、「じゃあ、明日一人で行ってみる?」と聞いてみると、「いいよ」と応える。
 「うん!!」と言えないところが、プライドと言うのか、頼まれたからしかたない、行ってやるか的な様子でちょっとおかしい。行きたいけど、ちょっとこわい。でも、隣の子が出来るなら私だって、というところだろうか。
 買い物リストを私に書かせ、自分でも念入りにチェックして、私の携帯電話を用心に持ち、鍵まで持って用意周到に出かけて行った。
 
 と書いているうちに、電話がなる。
案の定、豚の挽肉が分からなくて電話をしてきたのだ。
スーパーのパックの表示については、詳しく説明し、大体何グラムかを教えたけど、挽肉がどんな様子なのかとか、精肉コーナーのどのへんかまでは言ってなかったから、しばらくうろうろしたらしい。 
 左の方にあるよ、と言うと、「あ!あった」の声。「でも、へびみたいな肉じゃないよ。」と言う。へび?ははーん、ばら肉やもも肉は細く切って並べてあるからへびのように見えるのか。子供ならではの観察だ。
 細かく刻んである肉だよ、と言うと安心して電話を切った。

 こういうとき、携帯電話ってほんとに便利。もちろん、間違えて買って来たってたいした問題ではないのだけど、うちの子は何しろプチ完璧主義だから、間違えたと分かったら達成感に水が差される。
 達成感が大事だからね。
 この先、3年生になったら、さっそく一人や友達どうしで出かける機会を増やしてあげようと思っているわけだから、自覚のある3年生になってもらうためにも、小さな積み重ねは必要だ。
 
 最近、ある通信教育会社から頻繁に「また始めませんか?」コールがあって、ダイレクトメールもおびただしい。子供向け、大人向けと両タイプあって、どちらにも興味や痛いところを見事につくように考えられている、その広告を読むと、「3年生では理科や社会も始まるし、漢字や計算もぐっと難しくなります。一番つまづきやすいのがこの学年。でも、この学年を乗り越えれば、あとの小学校生活もスムーズに行くのです。」と書いてある。
 私も夫も、なるほどと思った。素直に受け入れてしまった。折から、私自身2年生の復習をきっちりさせておいたほうがいいなあと思っていたところだった。
 それで親も子もすっかり相手の術中にはまり、申し込んでしまったのだが、その開始に先立って、以前やめた時にたまっていたテキストを消化させることにした。
 子供は案外一生懸命で、魅力的な付録につられてなのか、夏休みからたまっていたテキストを3,4日かけて必死で机に向かい、とうとう隅から隅までやりこなしてしまった。
 なんか根性ついてきたなあ、と思う。
 少しずつ、やりたいことや自分の能力がはっきりしてきたのかもしれない。
 いろいろ変わるという3年生。ちょっと楽しみになってきた。

 子供が元気に帰ってきた。「油揚げ」は一番安いのを、と頼んでおいたら、ご丁寧に「20円引き」のシールが張ってあるを選んできた。きのう、夫が「いちごが安い!」と言いながら、「20円引き」のをかごに入れていたのを見ていたのだろうか。うーん、エコと言えばエコ。でもお隣とはなんか違う…。ま、いいか。


 
 

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最近は…。

 ずいぶん間が空いてしまってごめんなさい。

 やはり小学2年生ともなると、どんどん自分でできることが増えているので、母親としてもそうそうべったりな気持ちではなくなってきている。
 やっと一人で鍵を開けて帰って来て、30分くらいならお留守番できるようになったし(涙)、近所の習い事の教室にも、一人で帰って来てランドセルを置いて、時間を見計らって行けるようになった。
 時々、早起きしてきてさっさと支度を済ませ、朝食も手早く食べて、こちらが急かすこともなく元気に学校へ行ったり、本当にたまにだけど、言わなくても宿題をやっているときもある。
 だから、余計に、母の私は期待をして、何もかも自分でできるものだと思い込み、思わぬところでポカをする。
 たとえば、今日は寒いから上にもう一枚着た方がいいからと、何も言わずに出しておいた上着が置き去りにされているのを見て、「あれ。なんで着ていかなかったんだろう??」と思い、そうか、自分が言わなかったからだと気づいたりする。自分が気づく日常のことは当然、子供も分かっているような錯覚を持ってしまうのだ。
 でもこの年齢は、一回できたことをまた大人と同じようにできるかと言うと、大間違いなのだ。一回できたから、大人の感覚では当然、それが習慣化されてこちらが何も言わずともできると思いがちなのだが、まだそう、うまくは行かない。
 周りのお母さんもよくそのことにびっくりしているらしい。バレエの発表会の時、忘れてならない持ち物を、子供に「あれがない」と言われて、「えっ!?なんで入れなかったの!?」と青くなっている人を二人ほど目にした。
 親にしてみれば、当然娘がきちんとやっていると思ってしまうのだ。親だって出かける前は、自分のことで忙しいし。
 そのことで父親に叱られたりするけど、それはそういうものなのだから、しかたがない。
 人間って、そうやって何度も出来たり忘れたりして大きくなっていくものなのね。

 最近の我が子の成長としては、ご飯を食べるのが早くなったことが一つかな。1年生の時は朝食も30分かかって食べていたけど、最近は15分から20分あればまず大丈夫。
 それから、よく食べるようになった。麺類などは大人なみ。
 だから、身長がぐぐっと伸びたみたい。
 不思議なことに、背が伸びると自信もつくのか、言うことも大人びてきて、少々憎たらしい。でも、まわりを見る余裕も出てくるのか、友達のことを観察できるようになってきた。

 3年生になると、一気に変わるとよく聞く。一方では、うちはあまり変わらなかった~との声も。
 今のまま、もっと自分に自信をつけて、自分のことを「~ができない」とか「~が苦手」などと限定しないで生きてほしい。そして好きなことにはもっともっと集中して、高いレベルに挑戦する勇気を持ってほしい。
 変わっても変わらなくても、とても楽しみ!!

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当日

今回は私も思わずのめりこんで必死になっちゃったので、本当は正面から我が子の演技を見たいお母さん達を駆り出してお着替えスタッフに回したり、衣裳もちゃんと揃えたり、何より子供たちに「演技を教えた」。
歌・踊り・スペーシングは当然のこと、台詞の言い回しから、動作・表情・顔の向きまで、理解してくれそうな子には何でも言った。
一つの台詞を10回くらい言い直させて、子供にいやな顔をされた。

なぜだか、そんな風に一生懸命だったので、ちょっと私用で休むとか野球の試合が長引いてとかの報告を受けると、胸がつぶれそうな思いをした。しまいには、そんな私の様子を察したお母さん方は、子供が38度の熱を出しても座薬を入れて練習に来させることになっていたのだ。
そして当日。
ひょっとしてみんな熱が下がらず、最悪リハーサルなしで本番を迎えるか…。無理させて肺炎なんかになったりしたら発表会どころじゃないもんな…とかなりびくびくで朝を迎えた。


そして、果たして本番は…
みんなケロッと元気で、舞台は大成功と言ってもいい出来だった。
信じられない…。少々緊張している子もいるにはいたけど、早くからのお客様の笑い(!)に背中を押されてか、伸び伸びと楽しんでやっている。
あんなに練習中、集中できなくて袖で騒いだり、台詞を忘れたり、出番になっても出てこなかったり、基本的なミスだらけで注意の嵐だったのに、本番をこんなふうにいとも軽々とやってのけるなんて…。
一番声の出てなかった子に三ヶ月間ずっと、「大きい声でしゃべろうね」と言っていたが、時折「気が向いた」時しか出してくれなかったのに、本番は30分間一度も集中を切らすことなく、大きな声で演技していた。しかも、見たことない手振り身振りで表現しまくり。それって何?!
すべては舞台という非日常の魔法だろうか。
お客様もずいぶん笑ってくれて、ストーリーにも集中してくれて、このうえない素晴らしい空間だった。

おかげさまで私も、子供の劇の演出にはちょっぴり自信がついたかな。
ちゃんとやればお客さんにも伝わることが分かったし。
でも、子供を教育するという点では、ますますその深さと大変さを思い知った。本番で豹変することは、もちろん大人にもよくあることだけど、そこに私が積み上げるように伝えてきたものは生かされてるのだろうか。
ない、ような気もする。
そんなものを全部はねのけて、一瞬のエネルギーに変えてしまえるのが子供なのだ。(左脳が働き始める前の年齢によく起こるということも分かったが。)
同時に舞台という高みが人間の本能をくすぐるのも実感した。

舞台は魔物だ。本番には何が降りてくるか分からない。今回は幸運の女神と、そして私により深く演劇を学ばせるための演劇の神様も降りてきてくださった気がしている。
おかげで今いろいろなことを考えている。
このクラブの存続はもちろんのこと、将来やりたい舞台、やってもらいたい役、どうしたらもっと楽しく効率的に練習できるかなどなど…。
でもしばらくは、終わって心底ほっとした、この「よかったぁ~」感を楽しんでおこうかな。
ほんとによかった。協力してくれた皆さん、本当にありがとうございました。
来てくださった皆さん、本当にありがとうございました。

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キッズ・ワークショップ発表会

 12月23日はキッズ・ワークショップの発表会。いやあ、この日のために私はどれだけ悩み、喜び、心を痛ませたか…。昨年とはレベルの違う精魂の傾けようだったかも。

 以下は当日配ったごあいさつ文。
「「子供はどの子も天才」とはよく言われますが、私はこのワークショップで子供を教えるようになってから、まさにそのことに気づかされました。
どの子も例外なく、ほかの子には真似できない能力と長所を持っているのです。ある子は、台詞のいい回しがとても上手だったり、ある子はいつでも大きな声ではっきりとしゃべれたり、またある子は決して一回ではうまくできないけれども、そのこぼれんばかりの笑顔で周囲をなごませてしまう力を持っていたりするのです。
この「青い鳥in 2008」を練習するにあたって、私はずいぶん、子供たちのさまざまな能力に助けられました。そして毎回、その能力がいろいろなシーンで開花し、結実することに舌を巻いて驚くのです。
特に、練習の最後の数回では感動さえしました。子供が目の前の山を自らの力で乗り越えていくのを見るときには、胸がすくような思いがします。子供の力ってなんてすごいんだろう。
…中略
ひょんなことから始めたこのキッズ・ワークショップですが、いろいろなことに気づかされ、力をもらい、一番得をしたのは、実はこの私かもしれません。
いつか、大きな舞台で大勢の子供たちととびきりファンタジックな物語をやれたら、と夢はふくらむばかりです…。
…略」
 
 これは本番の1週間前、それまで「本当にこれ、みんなの前で見せるの?!」みたいな仕上がりで、いっそのこと頭を下げてやめてしまおうかとさえ思っていたところ、この日ようやくメンバーが全員揃い、衣裳が揃い、音響がはまり始めたら、いきなり子供たちのテンションが上がって、ものすごい伸びを見せた日。感動した私は、家に帰ってこのご挨拶文を一気に書いたのだった。

 練習日はまた一週間置いて次の土日で、もうその2日間しかないけれども、本番前のリハーサルと本番を含めて、この子たちは一体どこまで伸びるんだろう、お芝居はどこまでよくなるんだろうかとうきうきして帰って来た。
 だが…。11月末から土日の全部を電車に乗って通って来ていた子供たちは、ついに本番を前にして疲れが出たのか、次々に熱を出したり不調を訴えたりし始める。
 そうなると、そこはただの子供。お芝居なんてどうでもよくなって、以前しっかり言えてたはずの台詞が一言も聞き取れなくなったり、恐ろしく小さい声になったりして、悲しいかな、たちまち出来は逆戻りだった。
 そして、もう大声で注意したり叱ったりしなくていいんだと喜んでいたのも束の間、またばらばらになった子供たちの集中と興味をつなぐために、必死でしゃべる私…。

 確かになあ、本番前のプレッシャーで風邪をひいたり、体調が悪くなったりすることは大人にもよくあることだ。でも、大人はここまで、出来ていたことを簡単に失ったりしない。
 これが子供たるゆえんかなあ…とうつろな頭で考える。そういえば、このワークショップを始めてから、私は「子供っぽい」という言葉の謂れをつくづく噛みしめた。
 自分のしたいことをする、周りを気にせず言いたいことを言う、人を非難する、自己弁護をする…もう数え上げたらきりがない。そうか、これが人間というものの原型なのだ、だから教育、そして大人になったら我慢が必要なのだ!と改めて実感したのだ。

 が、まあいいや、そんなことは。
それもこれも、私という人間の成長の糧になった、と考えよう。
誠実にやって来たことはそれなりに報いがあるものだ、と誰かも言ってたし…。
と自分をなぐさめる。

これも経験の一部だし。別に基準があるわけじゃないんだから、一番いいのを見てるのは私だけだとしても、お客さんにはまあまあのものを見せられればいい、と言うかそれより仕方がない…。

ところがどっこい、子供たちのエネルギーは私の想像なんてはるかに超えたところにあったのだ。

~つづく
            
 

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表彰式

 1ヶ月もあいてしまって、すみません。
 どうしてこんなにあいてしまったのか、振り返っても思い当たることもないのだが、そういえば何やら自分のことだけにかかずらわっていたような…。子供のことは毎日見ているようで、見ていなかったのかも。
 
 そんな折、成城警察署主催による「交通安全児童画展」の表彰式があった。これは、夏休みにこの警察署の管轄の区域の小学生・幼稚園生の中から有志が描いて応募し、優秀な作品が選ばれるというものだ。
 うちの子は署長賞に選ばれていた。金賞だの、特選だの、賞にもいろいろある中で、署長賞ってどんなもの?と思いながら、親子で表彰式に向かった。
 何しろ、校外でこんなふうに表彰されるなんて初めてだ。大体、こんな活動があることすら、我が子が学校に上がるまで知らなかった。

 着いてみると、子供の席が決まっていて、一番前の列に案内された。そこで初めて、署長賞というものが、特選の次に優秀な賞であること、次が会長賞、そして金賞、銀賞、というように、端から順番に座らされることになっているのだと知った。
 そのうえ、それぞれの賞の中にも、どうやら順位があるらしく、名前を呼ばれる順番は厳然としてあるらしかった。どうも、うちの子は署長賞の中で一番で、最優秀特選から数えて7番目のようだ。つまり応募作品1000点以上の7番目!
 「なかなかすごかったねー」と夫と二人で感心しながら、周りを見渡す。さすがにこんなところに選ばれて来る子供たちの、なんてお行儀のいいこと。すでに、色眼鏡で見ているだけかもしれないが、幼稚園の年長さんも結構いて、みんな親から離れても不安一つ見せず、きちんと座っている。
 そして署の方の勧めで、我が子が表彰されるときには、ずずいと前に出て行って、写真を撮らせていただく。
 「どうぞ、どうぞ、もっと前に。正面で撮ってやってください。」とあまりに声がけされるので、お言葉に甘えたが、そんなことも考え合わせると、こういうものって本当は親のために催されてるのかも、と思ったりする。

 だって、付き添う親の嬉しそうなこと。最初は子供達も緊張し、親も遠慮がちに写真を撮っていたのが、佳作の頃になると、人数も多いし、「撮らなきゃソーン!」てな乗りになって、にぎやかな様相を呈してきた。
 ほんとに、親という生き物はこういうものが嬉しいのだ。以前、授業参観で、たくさん手を挙げて的確に答える子って、なんて親孝行なんだろう…なんて人様のお子さんをうらやましく思ったことがあったけど、目の前で表彰されるなんて、こちらもかなりの親孝行だ。
 
 しかし、世間には知らないことがまだ山ほどあるものだ。こんな世界も、子供を持ってみなきゃ知らなかった世界だし、考えてみれば、子供がほかに表彰される場なんて、数限りなくあるのだ。
 たとえば、ピアノやバイオリンの演奏コンクール。サッカーや野球などのスポーツの試合。ほかに何でも、子供が始めた課外活動には、そういったものがついてくるのだろう。

 そしてすぐに恐ろしいことに思い当たる。一度賞をとったら、その後はどうなるんだろう?来年もまたいい成績を残そうと思って応募するのだろうか。そして取れなかったら、がっかりしてもうやめてしまうのだろうか。それとも、次にがんばろうと、翌年また応募するのだろうか。そしてまた取れなかったら?
 仮にいい賞が取れたとしても、また次の年へのプレッシャーは加算される。
 子供の嬉しそうな顔を見ながら、親はそこまで心配してしまう。賞を取ったら嬉しい、でも一度その世界に踏み込んだら、今度は常にプレッシャーと挫折の恐怖がつきまとう。そしてそれは、ほかのピアノや野球などの活動でも全く同じで、プロになっていく人々は子供の頃から何度も何度もそういう局面に立たされ、打ち勝ってきた人々なのだと強く思った。

 「来年はどうするの?またやる?」と聞くと、子供は無邪気に「来年は特選を狙う」なんて言う。じゃあ、来年は私でなくお父さんに指導してもらうしかないな、そしてたとえ選ばれなくても、佳作でも喜び合おう、その次につなげていくしかないし、などと勝手に心を決める私。
 帰宅途中、ユニクロでバーゲン中のすてきなワンピースセットをごほうびに買ってあげて、夜はレストランでごほうびのお食事。
 これはおばあちゃんのおすすめ。子供ががんばって結果を残したとき、親がきちんと形にしてほめてあげることで、親の愛情を理解させるのだと。その愛情は、今分かる必要はなくて、後で大人になった時に、「ああ、あの時あんなことしてくれたなあ。」と思い出せればいいらしい。
 そういえば、中丸薫さんも書いてらした。親への感謝の気持ちが大切で、子供の頃に何をしてもらったか、よく思い出してみようと。中丸さんは小学生の時、水泳コンクールで育てのお母さんが声を枯らして必死に応援してくれていたのを思い出す、と。ああ、自分は可愛がられていたんだな、と分かることが大切なのです、とおっしゃっていた。
 何かと「そとめし」に走ってしまうし、ユニクロにもしょっちゅう行く我が家だから、何も特別さはなかったかもしれないが、夜にその服を着て、表彰状を持たせ、ビデオカメラで記念に撮っておいた。こうしておけば、証拠が残るし、なんてね。

 ところで、全部で1000点あまりの中から選んだというお話だったが、寝る前によくよくお知らせを読むと、まず自分の学校で63点の中から図画工作の専任の先生が10点を選び、応募してくださったとかで、すると応募自体はもっと数が多かったらしいこと、そして学校内ですでに選ばれていたのかと思うと、ずいぶん狭き門だったと実感し、またまた感心してしまう。
 親ばかな文章ですみません。でも、世の中の親は、ほとんどみんなが親ばかなんだと分かった日でもあった。そしてそれでいいのだ、と。
 肝心なのは、親ばかになるくらい、子供を応援し、子供に目をかけてやって、愛情を注ぐこと。せっかく授かった命、せっかく一緒に暮らす縁だもの。後悔のないように、育ててあげたいとあらためて思った日なのだった。

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2年生の成長

 すっかりご無沙汰してしまってごめんなさい。
 でも実際、珍しく書くべきことが見つからないほど、平和な時を過ごさせてもらっていた。
 どうしてかな?と思ったが、一つには父親不在で単調な生活だからだろうか。家の中に、不規則な生活をしている人がいない。夜中や明け方までテレビを見ている人もいないし、かと思うと、早朝から家の中を気ぜわしく歩いている人もいない。
 だから、私はいつも決まった時間に休んで、珍しく6時間弱の睡眠時間でも問題なかった。熟睡できているんだなーと思って、ふと思い当たったが、この3週間ばかり、隣で寝ている子も音を立てなくなっている。
 つまり、いくつか前の記事に書いた「歯ぎしり」や「うなり」や体をぼりぼり掻く音が、いつの間にかまったくしなくなっていた。
 体のかゆみは汗のせいでもあったのだろうから、それは分かるとして、「歯ぎしり」や「うなり」がなくなったのは嬉しい。いや正確に言うと、歯ぎしりは全くなくはないのだけど、たまたま私が目覚めた短時間内に終わっていたりして、その不快な音で目を覚ますことがなくなったのだ。
 
 これは単純に嬉しい。彼女の中で、何か折り合いがついたのか。ストレスやプレッシャーが減ったのか。
確かに、そう思って振り返ると、夏休みが終わってからまた成長したような気がする。
 心が安定したというか。
 たぶん自信がついたのだと思う。そういえば、夏休み中からトライしていた水泳の級に、最後の検定で受かったと喜んでいた。私はそれを告げられた時、物凄く驚いて「うそおおおお」と大きな声を上げてしまった。だって、平泳ぎで数回かくことしかできないのに、25メートル泳げるわけがないと思っていたから。
 「どうしても受かりたい」とは言っていたが、かわいそうだけど来年だなと思っていたのだ。
 それが、聞いたら、ただのバタ足で25メートル泳ぎきったとか。すごい。そんな効率悪い泳ぎでよくも25メートル…。私ならできないかも。
 それで、夫婦で大喜びして、彼女が大好きな回転寿司でお祝いした。それが嬉しかったらしい。
 
 それから、初めて自分の描いた絵が受賞した。虫歯のポスターと交通安全のポスターで佳作と署長賞。
夏休みに描いた方には私が横であれこれ言ったけれど、虫歯は学校で描いたので、まったく自分の力。それが嬉しかったらしい。
  
 ほかに毎日の漢字テストで百点が多いこととか、お友達が自分の夏休みの自由工作を気に入ってくれて、展示している間中、それで遊んでくれたとか(ドールハウスで、お人形もついてたし)。
 自分の通うバレエ教室に、お友達を紹介して、仲良く通えることになったこととか、その発表会が近づいていることとか、それから、私のキッズワークショップの「青い鳥」も楽しくて仕方ないこととか、今のところ彼女の生活はかなり順調なのだ。
 成長ってこういうことか、と思う。体が大きくなって、手足が思うように動いてくれて、語彙も毎日増えているから、自己表現も追いついてきて、感じたこと考えていることを伝えられるようになってきた。
 好きなことは練習すれば結果が出る、と分かり始めた。何より、好きなことに没頭することが楽しい。
 ピアノの練習以外では母は殆ど怒らないし、うっかり泣いてしまったとき、ものすごく怒る父もいない。
 天国だ!

 それから、意外にも、今までべったりだったお友達がほかの子と遊んでいても、たいして気にならないらしい。学童で一人ぼっちになることもあるらしいが、「別にいい」と言う。
 すごい。去年に比べたら何て強くなったの!
 どうぞこのまま中学年、高学年も進んでください。どうぞ、どうぞ、お願いします!

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