稲刈り!

 先週のよく晴れた日曜日、親子で稲刈りに初挑戦した。
場所は千葉の命仁というところ。銚子行きの電車に乗って、成東で降りて、また車で移動するのだが、あたりは森林か田んぼか畑で、目にいいこと、この上なし!

 実は、少し前から土に触れたくて仕方なかった。
 ベランダでプランターに野菜の種を植えてみたが、「土をいじる」とまで言えないくらいの量と時間で終わってしまう。子供に手伝わせてみたものの、土を触るのも、砂遊びの要領で、おもちゃのシャベルを使っているし、なにか子供ともども自然に思いっきり触れる機会はないものかと考えあぐねていたところだった。
 
 ふとしたことで、その機会を得て、稲刈りご一行様に加わったのだが、朝6時半に家を出ねばならない。
 それに気づいた時、いやーな予感が駆け巡ったが、「行ってきなよ。きっと気持ちいいよ。」との周囲の言葉に背中を押され、子供と二人で参加することにした。

 当日の朝、予感は的中。
 娘が起きない。起きないから、ほっといて支度をしていると、ようやくぼーっとした顔で起きてきて、時計を見るなり「遅い」と言って怒り始める。
 起きなかったのは自分なのに、なぜか私に八つ当たり。そして、しまいには泣くのだ。
 それをなだめたり、どやしたり。そんなことしてるのは、お互いに非常に時間がもったいないのに、なぜかそういうはめに陥る。
 2,3日前に社会科見学で早く出発せねばならないときもそうだった。

 朝から険悪なムードで出かけるが、途中の車内で二人とも少しうとうとした後は、子供はもう別人になっていた。しかも、途中の乗り継ぎ駅で、怒っていたために食べられなかった朝食の足しにパンなど買ってやると、がらがらの電車でパクパク食べて、もりもり元気になってしまった。
 その後は、また寝ている私をほっといて、鼻歌まじりで外など見ている。
 成東の駅に着いても、上機嫌は変わらない。
 折りしも、ものすごくいい天気。きのうまで、どしゃぶりだった千葉は、私たちを待っていたかのようだった。

 田んぼでも、娘は普段とは別人ぶりを発揮した。
 大人と同じように鎌を借りて、使い方を習った後は、私よりも上手にさくさく刈って行く。一見、楽しい遊びでも何でもないことなのだが、いつになく積極的に取り組む姿を見て、「この子も自然に飢えていたのかも」と思わずにはいられなかった。

 刈った後の稲の間から、虫がしょっちゅう顔を出す。ばった、こおろぎ、かまきり、雨がえる…。塩辛とんぼも赤とんぼも何匹も飛んでいて、「ああ、虫取りかごと網があればぁぁ」と悔しそう。
 かまきりや赤とんぼの色のきれいさに目を奪われる。
 何よりも、稲刈りという行為が、何か我を忘れさせるものがあって、無心になってしまうのだ。そして、顔からぼたぼた汗が流れるのも構わずに、一心不乱に田んぼに向き合ってしまう。

 後で聞いたら、その田んぼには生体エネルギーとかいうものが使われていて、その田んぼに入るだけで、体の調子がよくなるのだとか。
 子供は敏感だから、そんなこともあったのかな。
 それとも、文字通り「土に触れ」て、自然に還ったのかな。

 子供にとっても大満足の稲刈りツアーだったが、一つだけうまく行かないことがあった。
 その田んぼの所有者であり、生体エネルギー研究者の家族に(ここの奥さんが、昔、バリ島版「夏の夜の夢」に出演したときに振付をしてくれた人で、偶然会って、ものすごくびっくりした!)、同じ小3の女の子がいて、その奥さんも私も、二人で一緒に遊べば?とさんざん持ちかけたのだけど、とうとう最後まで口もきかなかった。
 考えてみれば、同じ年の子供だからって、もしくは子供同士だからって、友達になれるとは限らないよね。だって、クラスには15~6人も女の子がいて、その中でも仲のいい子はほんとに数人なんだ。
 子供にしてみたら、「大人ってどうして、こどもだからって、一緒に遊ばせたがるんだろう?」てなもんかもしれない。
 それは昔、私がイギリスで「友達がなかなかできない!」とイギリス人の友達にぼやいていたとき、「日本人いっぱいいるじゃない?」と言われて、「同じ日本人だからって、友達になれるわけじゃない」と憤慨したのと似ているかもしれない…。

 でも、とにかく稲刈り体験は最高だった。
 次は田植えだなー。

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「~しなさい」の夏休み

 夏休みが終わった。やれやれ。
 自分が仕事に行くときにはお弁当作りや預け先の確保、暇にしているときは娘も家にいて暇…、と夏休みは大方のお母さんが思うように厄介だ。
 家族全員が暇でお金もあったなら、1ヶ月間別荘やリゾートでバカンスなんてしゃれこめるのだろうけど、あいにくそんな時間も余裕もない。
 すると、当然、暑い日に、暑い都会でべたべたと一緒に過ごすことになる。

 一緒にいると、どうしても「~しなさい」と言いたくなる。子供というのは、大抵親のしてほしいことをして過ごさないからだ。
 うちは夏休み最後のきのうまで、「~しなさい」の言い続けだった。
 任意で提出する、警察署管下の交通安全のポスターまで、「早く描きなさい」「下書きしなさい」「塗りなさい」と手取り足取り、段取りを組まないとできない始末。
 こんなの、意味あるだろうか?
 自由研究も、自分は「こういうの、やる」と思いついただけで、後は何を調べてどう書くのか、すべて私に任せっぱなし。
 学校もひどい。自由研究のやり方説明に、ちゃんと「親子で挑戦してみましょう」なんて、隅の方に書いてある。
 夏休みの宿題を親が手伝うのは当たり前という前提なのか。

 しかし、私はもう嫌だ。
 「~しなさい」と言わなければやらないなら、やらないでいいとさえ思う。
 思うけれども、まったくやらせないで行かせる勇気もない。
 悔しいかな、子供の方がその親のジレンマを見抜いていて、自分が窮地に陥らないようにしているような気がする。
 でも、こんなことを続けて、後で窮地に陥るのは子供本人なのに。
 自主性のない自由研究なんてしたってしかたないどころか、45日間もの間、「~しなさい」と言われまくったつけは絶対に後から来るだろうな。

 最近、恐ろしいパン食の話を聞いた。
 子供に、パンの朝食を与えると学力が低下するらしい。
 実際ある中学校で、朝食をご飯に変えたら、数ヶ月でみるみる平均点が上がり、進学率が急に伸びたそうだ。
この犯人は小麦粉で、そう言えばものの本には、よく小麦粉とショートニングはやる気をなくさせると書いてある。洋菓子にはたいていこれが使われているので、甘いもの好きな人は落ち込みやすく、きれやすい子供に甘い物を禁止しただけで、きれなくなると言われている。
 戦後GHQは、ちゃんとこのことを知っていて、日本の子供の学力を落とすために、パンと牛乳の給食にしたんだとか…。
 あな、おそろしや。ほんとかな。
 
 実は、うちは春頃、あまりに娘の花粉症がひどいので、朝のパン食をやめさせたことがあった。
 花粉症にもパンはいけない気がしたからだ。
だから、うちの子は今ではそれほど嫌がってはいないけど、休みの日など、私がパンを食べたくなる。
実はもう、私は中毒だったのね。パンもコーヒーもビールも、私にとっては口にしない方がいいものが、特に嗜好性ひいては中毒性があるなんて、人生って皮肉。
 そういうものなんだろうけど。
 でも、ひょっとしたら、私がまず、こういうものと手を切れたらいらいらしなくなって、子供が何をしてても目くじらを立てずに「~しなさい!!」と言わなくなるのかも。
 すると、自然に自主性が育つのかも。
 あああ、自分が乗り越えねば。自分が手本だったのねえ…。

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夏のママ休暇

 撮影のスケジュールが出たら、たまたま夫が地方ロケに行く日だった。子供が夏休みに入ってからというもの、何となくいつも三人でべたーっと過ごして来たのに、神様はどうしてこう、ぴったりと都合の悪い日を合わせてくるのだろう。
 しかし、ここまでぴたっと合うのは、もしかしたら「都合がいい」のかもしれないと考え直し、まず「神様、ありがとうございます!」と言ってから、考えられる手立てを挙げ始めた。
 夜中に撮影が及ぶから、誰かに来てもらわねばなるまい。それはおばあちゃん以外に考えられないが…と思ったところで、その前の週に子供が計画していた「おばあちゃんちお泊り会」をずらしてもらえないだろうかと思いついた。
 普段は忙しい母も、一緒に泊まる予定の姪もなぜか二つ返事で予定の変更を承諾してくれて、最後に難関だと思っていた娘もあっさりと「その方がいい」とまで言ってくれた。
 なんてラッキー!
 ああ、神様はこうなることを見込んで、この日にセッティングしてくれたのね!そうまで思える幸運だ。

 今年は夫が夏休み後半から舞台の稽古が始まり、その前は本を書かなければいけないことになり、また「アセンション2012」の次の段取りなど決めるのや何やらあって、どうも旅行には行けそうにない。
 そのことは夏休みが始まる前から娘には諭してあったのだが、絵日記を2枚仕上げねばならない手前、何かイベントは必要だというので、正直困っていた。
 娘の望むディズニーランドや遊園地は人が多くて暑くて、絶対に行きたくないし、娘だけお友達を誘って、学校や生協で催すキャンプに泊まりに行ってもらおうと画策したが、お友達との都合がうまく合わない。
 困ったなと思っていたら、姪がおばあちゃんちに一緒に泊まらないかと誘ってきた。姪は中学1年生だけど、今まで親なしでおばあちゃんちに泊まれなかったので、中学生になるとさすがに変わるんだなと感心しつつ、娘に聞くと大喜び。
 実はお友達の中には、2週間も田舎のおばあちゃんちに一人で行って泊まる子もいて、ちょっと憧れていたらしい。それで、思い切ったことには、自分から「もう1泊増やせないか」と提案した。

 この提案も快諾され、姪の母親、つまり私の姉の提案で、二人で協力してご飯作りなどすべてやってあげる会になった。
 任されると子供は張り切るものだ。 
 姪と娘は、紙と鉛筆を持って来て、夜はカレーライスを作る、午前中は勉強もするなどと思いつくままに楽しそうに計画を立て始めた。 
 なんて素晴らしいことだろう!
 おかげで、私はこの2日、母親業と妻業から解放されて、まったくのフリーなのだ!

 えーと、えーと、子供のことを気にしないで、夜一人ということは何ができるの!?と2週間前からわくわく考え始めたが、そのうち1日は仕事だということを忘れていた。
 残る一晩は何ができる?誰かを誘って飲みに行くか、それとも芝居でも観に行くかと考えたが、夕方まで打ち合わせがあることに気づき、何時に終わるか分からないので、約束はできないことに気がついた。
 残るのは、DVDだ!
 これも子供がいたら、夜ゆっくり観ることなんてできないもの。ましてや、夫がいたら、いつもテレビの前のソファーを占領されているから、自分が好きな映画はなかなか見れないし。

 一晩目、それでも6年前に夫と3歳だった娘が公演中の私を置いて、沖縄旅行に出かけてしまったとき、「これで一晩中でも飲める!」と喜びはしたものの、帰ったら温かくて柔らかい小さな体が横にいなくて、寂しくて寂しくて眠れなかったことを思い出し、またあんな気分になるのかな、とも思っていた。
 そして、最近話した娘の友達のママがやはり、二人の子供をおばあちゃんちにやったとき、仕事帰りの自転車で、いつも後ろに乗っている3歳の息子がいないだけで、夜道が怖くてしかたなかった、私は3歳の息子に支えられているということが分かったという話をしていたのをふと思い出した。
 一瞬、夜道が怖いような気もした。
 でも、すぐにそんなのも吹き飛んで、フツーに鍵を開けて中に入り、軽めに食事の支度をして、DVDを半ば見たところですぐに眠くなってしまい、中断せざるを得なくなる。残念!
 本当だったら、食事ももっと普段食べないような手をかけないものが欲しかった。(いつぞや共演した男優で、普段は子供の手前、ジャンクフードは決して家では食べないが、旅公演に来たら好きなだけ食べる、それが楽しみと言っている人がいたっけな。)でもさすがにカップラーメンやポテトチップスを食べる気にはなれず、何となくガスをひねってしまう。
 習慣とは恐ろしいものだ。

 だけど、寂しさは感じなかった。横に誰もいなくても睡魔の方が強かった。
 ああ、それだけ娘は成長したのだ、私から離れていってるのだ、と思った。一瞬。すぐに寝たけど。

 来年はこんな機会がさらに増えているかもしれない。
私が留守にする場面もあるだろう。そして離れていてもお互いに、相手のことを思い出さない時間が増えていくのだろう。
 私も子育て中に失った友達を取り返し、新たに友人を作る努力をしなくてはいけないな、とつくづく思った「夏期ママ休暇」でした。

 

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「アセンション2012」

 実に1年半ぶりの舞台だった。
ということは、子供にはもっと久しぶりだったんじゃないだろうか。
トレランスの公演だから、比較的あまり遅い時間までは稽古したりはしなかったので、人に預ける時間も短くて済んだけれど、それにしても、お留守番ができる時間が1時間もあるというのは、親にとっては嬉しい。

 そうだ、何より、今までと比べて、子供の方が我が家の仕事態勢に耐えられるようになったのが大きい。
親がいない「時間」のことだけではない。精神的にも耐えていた。 と言うより、親子三人で態勢を作った、と言ってもいいかもしれない。

 今回はまた両親でやっていることだから、家の中でもずっと芝居の話が飛び交っていて、はじめのうちは「あたしの話も聞いて!」と文句を言っていたが、そのうち口を挟まなくなった。
 自分の預けられ先が「ここじゃなきゃ嫌だ!」と言うことがなくなったし、シッターさんが来てくれる30分前に帰ることがあると、洗濯物を取り込んで、たたんでしまってくれることもあった(初めての日だけだったけど。家の中につってあるハンガーに自分のパンツが下がっていたのが恥ずかしかったらしい)。

 お稽古事に一人で行って帰れるようになったのも大きい。
だから、私のすることは、朝、子供が鍵を持って出かけるのを確認すること、学童からは何時に帰るのかを確認すること、今日は誰が家へ来てくれるのか、或いは誰の家で待っているのかをきちんと伝え、宿題と明日のしたくを必ずやることを約束させて、学校へ送り出すこと、それから家の中をきれいにして、夕食を作り置きしておくことだけ。
 シッターさんも、6時半になったら作ってある夕食を温めて出して一緒に食べ、8時にお風呂に入れさせ、9時半過ぎにベッドに送ることだけ。お風呂も予約で沸いているし、洗うのも髪の毛を乾かすのも全部、自分でできるようになったから、手伝うこともないらしい。
 宿題をやっている間も暇だから、シッターさんは本を読んでいるらしい。
 まさに、いてくれるだけでよかったのだ。

 しかも、寝付いた後、シッターさんの帰る終電の時刻が近づいてきたら、私も電車の中から連絡して、鍵をしめて出てきてもらうこともできた。つまり、寝ている子供を20分くらいの間、置いてくるのだ。
 その間に目が覚めたら、さすがにびっくりするだろうけど、うちの子は8年間の間、夜中に目覚めたことが2度くらいしかない。しかも寝入って1~2時間はまず大丈夫。
 地震や火事がないことだけを祈りつつ、駅でシッターさんに会ってさよならしてから、自宅へ戻る。

 さらに、あの難しい公演を2回も観れた。ほかにも、私のレッスンで教えていた小学2~6年生の子供たちが殆ど全員来てくれて、みんなおとなしく観ていたそうだから、うちの子だけが誉められるわけではないが、今までの素行からしたら進歩だ。わけの分からないストーリーだと、すぐに足をブラブラさせたり、飴やガムを食べたがったりして、横に座っていて気が気じゃなかった。

 今回は1回目はシッターさんと、2回目は演出家である父の横で観ていたが、どちらも何とか集中して観ていたようだ。
 しかし、2回目に私が冒頭の演説で一瞬ロレッた時、すかさず父の顔を見て「お母さん、やっちゃったね」という顔をしたらしい。あなどれない…。

 それにしても、3年生になると、言うことが憎らしい。
まったく笑い声のなかった日曜日の公演の後、「今日は誰も笑ってなかったね。ひひっとも聞こえなかったよ。」と言うので、「あれ?お母さんが舞台で『しゃれじゃな』って言って笑った時、お客さんも笑ってなかった?」と聞くと、「お客さんは笑ってないよ。出てる人たちが後ろで笑ってただけだよ。」と言う。
確かに、お愛想笑いをする演技で、出演者は笑っていたが…。うう、あなどれない。

 またうちの子供は、観劇の翌朝、まだよく目覚めていない父親に誉め言葉を言うのが習慣だが、私にも、目覚めて一番に「よかったよ。」と言ってくれた。
誉めるのが恥ずかしいのか、前の日に随分話してても、そんなことは言わないくせに。自分でそうするもの、と段取りを決めているのがおかしい。

 観ていない日も、「今日はよくできた?」などと聞く。「ミスしないでね」とも言う。
一人前のご挨拶。

 そのうち、舞台に立っていて、一番観てほしい人になるのだろうか。きっと、辛口コメンテイターになるんだろうな。それでも観てくれるだけいいけど。

 シッターさんと新宿からの帰り道に、がんばっているお父さんとお母さんに何かプレゼントをあげると話し合って、それぞれが好きな色の髪飾りやペンケースを買ってくれた。嬉しかった。
 また、公演が終わって、やっと暇な時間ができた夕方に、母子二人で手をつないで、近所に買い物に出かけた。「こんな時間がなかったからね~」とはしゃいでいる我が子がとても可愛くて、だから、そのためにもやはり仕事は重要だと思った。逆説的だけど。会ってない時間があったために、二人の時間がいとおしく感じる…、うーん、なんか恋人と一緒ですなあ。

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運動会

 小学校に入って3回目の運動会があった。
 今年も5月下旬まではとてもよく晴れていたので、子供たちは毎日毎日体育の時間で汗を流し、運動会に備えていた。
 運動会の2週間前ともなると、決まって朝8時10分前から始まる太鼓の音が鳴り響く。小学校に目と鼻の先のうちのマンションでは、応援団の台詞の一言一言が全部聞こえ、その時間まだ食事中の我が子は「あー、始まったー」と箸を持つ手を早めるのだった。
 そんなふうに練習万全で臨んだ運動会。当日は、少し曇りながらも29度まで上がる予報で、絶好の運動会日和の雰囲気。
 朝6時に小学校の校庭に面した窓のカーテンを開けると、門の前にはもう席取りで派遣されたお父さんたちがシートを抱えて開門を待っている。
 それを「すごいなあ」と他人事のように思いながら、私は例年のごとく、午前中かかってお弁当作りにいそしむ予定。つまり、あまりに家が近いので、早起きして家族分すっかり作っておかなくても、競技の合間にちょいちょい帰って、作りながら応援できるという距離なのだ。
 開会式の校長先生のお話が終わりそうな所で、お弁当作りを一時中断して見に行くと、ラジオ体操が始まっていた。そして、赤組、白組のそれぞれの応援歌。
 うちの小学校は3クラスずつしかないから、全校生徒合わせてもそれほどの人数ではないけれど、入ったばかりの1年生から体の大きくなった6年生までが声を揃えて歌う、この応援歌は聞いていても清清しい気分にさせられる。
 「今日はがんばる!」という、何とも子供らしい邪気のない、真っ直ぐな「気」がそこらじゅうを満たして、忘れていたものを思い出させてくれるかのようだ。感動した。なぜか涙が出そうにさえなった。

 とは言え、競技の合間にお弁当作りで毎回3階まで上り下りするのは結構大変。また、ビデオを撮ったり、ほかのお母さんとご挨拶したりで、結構気ぜわしいものだ。
 やっとお弁当も出来上がり、仲良しの家族と一緒に楽しく食べて午後の部に入った頃にはへとへとになっていた。

 午後の部のクライマックスは5,6年生による組体操とリレーだ。
 どこの小学校でも5,6年生の出し物は組体操らしいが、これがなかなか壮大な規模で、体力も使うし、技術もいる。5年生になったら、倒立などの練習をうちでもしなくてはならないんだろうなと思いながら見ていた。
 すると、中で一箇所だけ先生が待機し、手伝っている組があった。太りすぎていたり(!)、タイミングが合わなかったりして、足を持つ倒立を諦めている組はいくつかあったけど、どうも様子が違うなあと思っていたら、出し物が変わって、全員で外を向いて大きな輪を作ったとき、それが分かった。
 一人の女の子がたぶん生まれつき腰と足が不自由で、ほかの子と同じように走ったりポーズを取ったりすることができないのだった。
 それでも、その子は頬を赤くして一生懸命、クラスメートを手伝っていた。ピラミッドを作る時も、自分は中に入れないけれど、乗ろうとする子に手を貸そうとしたりしている。
 これは競技というより、むしろ演技なので、「見せる」ためのものなのだが、たぶんその付近の子供たちも親御さんたちも注視していたはずだけど、少しも悪びれず、自分のできるものには挑戦し、できないものはそこで立って見て、その場の雰囲気を損なわず、つまり一生懸命な空気を壊さずに同化していた。
 私はまたまた涙をこぼしそうになった。
 あの子のお母さんはどこで見ているのだろう。私があの子のお母さんだったら、あの子に「よくがんばった。偉かったね」と声をかけてあげられるんだろうか。素直に、誇りに思えるだろうか。そして私があの子だったら…。
 あんなふうに無心に演技できなかっただろう。母親としても振舞えなかっただろう。私にはそんな器量はない。
 
 ふと見るとわが子は、白が負けそうだと騒いでいる。こちらも無邪気なものだ。
 私はきっと、五体満足で、ちょっと風邪をひきやすいけどかなり健康な子を一人、丈夫に育てていくだけで、キャパを使いこなすようにできているのだ。それが私の今世の使命で、残っている余力は芝居に使えばいいのに違いない。神様はきっと、そういうふうに決めてくださったのだと理解しよう。
 そして、この子を無事に育てて行くこと、今度の公演を成功させることをまた心に誓うのだった。

 

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やんちゃな3年生

 春が来て我が子も3年生。
いつかこのブログにも書いたように、確かに2年生までとは違うよう。うちの子供もかなり変わった、ような気がする。

 何が変わったかって、まず口が達者になったこと。手足が伸びてバランスが変わり、幼児体型から脱しつつあること。表情が大人っぽくなったこと。
 「かわいい」という言葉が出にくくなった。これには自分でも違和感がある。
 夜、寝顔を眺めて必ずキスしたくなるほど「かわいいなあ」と思っていたものだけど、最近はふと夜中に見て、その大きくなった顔にドキッとすることがある。
 それから朝起きぬけで眠たそうな顔でやって来て、私の膝に座るという行動自体は変わらないのに、抱いたその背中が思いがけずしっかりしていること、足が床につきそうになっていることにびっくりしてしまう。そして、いつまでこんなふうに抱っこするのだろう、と思いながら、限られたその数年間をいつくしむような気持ちになってしまうのだ。

 学校でも低学年、中学年、高学年と線引きされてはいるけれど、ひょっとしたら線は2年生と3年生の間で一本なのかもしれない。
 学校での話を聞いても、先生はやんちゃになる3年生を「はじめが肝心」とばかりに毎日叱っていると聞くし、授業内容、お友達との話などを聞いても、「うわあ~。正真正銘の小学生だ。」などと思ってしまう。

 お稽古ごとも、小さい頃に始めておいてよかった、と最近思う。こんなふうに自我がはっきりしてくると、世の中にどんな習い事があるかも全部は分からないながらも、自分の好き嫌いで判断して、特にうちの子なんか食わず嫌いで何もやらなかっただろう。
 そう思うと、かつて習っていたバイオリンの先生が「3歳は黄金の時期よ」とおっしゃっていたのも分かる気がする。何も分からない(混沌としている?)幼児期は、親の与えたものが根付く可能性があるのだ。
 もちろん、子供は親の言いなりにはけっしてならないから、与えても与えてもどうしても根付かない場合や事もあるのだけど、それはそれで本人のやるべきことではなかったと思えばいい。
 そんな親、環境などすべてを選んで、子供は生まれてくるのだろう。小さい頃、何もお稽古事をしなかった私は、それも選んできたのかなあ。そして大人になった今頃に、バレエに夢中になったり、日舞をやりたくなったり、いつまでも飽きないという計算なのだろうか。
 
 またお稽古事も「通えばいい」という時期でなくなってくるのもこの頃。そろそろ「能力」が問題になってくる。もうまもなく子供自身で自分の能力や友達との違いに気がついてくるのだろう。その時、続けるのかやめるのか、また改めて親子で考え直すことになるのだろう。
 あと1,2年で最初の挫折や気づきがあるのかなあ。それとも、それはもう実際は来ているのだろうか。
子供の成長はほんとに面白い。そしてくれぐれも「面白い」と思いつつ、やっていきたいものだと思う。一人の別個の人間だとして。
 

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秘密の共有

 娘を車に乗せて、二人で神代植物公園にお花見に行った。
帰りに家の近所でも桜がきれいに咲いているところを思いついたので、そこも見たいからぐるっと回って帰ろうと、欲をかいて、いつもと違う帰路を取った。
 狭い双方向の道で、向こうから来る車をいったんやり過ごし、あらためてバックして曲がろうとしたら、やはりお花見の連中なのか、大勢で道端にたむろした人たちがいて、迎車を呼んで、わさわさ乗り込んでいる。
 「やだなあ」と思いながら、そろそろバックして、「よし!」とばかりに急いで曲がったら、「ガガ」とやーな音がして横のガードレールにわき腹をこすってしまったようだった。
 「ああああああ」といっぺんで、脇につめた~い汗。
またやってしまった。昨年の今頃も、急いで狭い道に入った時、子供が飛び出してきたので平常心を失って、早く曲がろうとして、わき腹をぐちゃぐちゃにしてしまったのだ。
 その代償は海外旅行に行けるくらいのものだった。ほんとに悲しかった。
 その時の音と似ていたので、もう止まって見る気も起こらず、家のガレージに着くまで、ひたすら「あああああ」と言っていた。
 助手席の娘も一緒になって動揺している。
 小さい時から、私の動揺をまともに受ける子だった。
 たとえば、上着のポケットに家の鍵を入れたまま、その上着を稽古場に忘れてきたことがあって、娘を保育園に迎えに行って、さあ家に入ろうとしたら鍵がなかったことがあった。
 「あああっ、ないっ!」と言った瞬間、私の心象を何倍にもして表現してくれて、たちまち「ぎゃあああああ」と泣いたっけ。それを聞いて私の方が冷静になって、「なんでそんなに泣くの?」と質問してしまった。
 私が、たぶんそういう局面で、大きな声を出したり、ものすごく慌てたりするから、うつってしまうのだろうと思うけど、おかしくなるくらい取り乱すので、かえって私が我に返ったりする。

 娘はしきりに「どうしよう、どうしよう」と言っていたが、もうこうなったら仕方ないと腹をくくった私は「とにかくお父さんには言わないで」と約束させた。過去2回、私が正直に車を傷つけたと話した時、私への言葉の攻撃も凄かったが、車が傷ついたという事実にこれでもかというほど傷ついていたからだ。
 そこのところをよーく説明して、とにかくこれはお母さんとあなただけの秘密にしてね、と念を押した。
 娘はふんふんと頷く。
 家に着いて降りて調べてみると、どうやらこすっただけで、深い傷はついていない様子。たぶん、これなら修理に出してもかなり安いに違いない。
 一安心して、家のドアを開けると、もう夫が帰って来ていた。娘に目配せして、「言わないように」と伝えたつもりだったが、実は内心ハラハラしていた。
 分かったふりしていても、お風呂に入ったときなどに、ばらしてしまうんじゃないだろうか。「あのねえ、今日お母さんねえ」と思わせぶりな発言をして、結局私から言わせるんじゃないだろうか、と。

 だが、まったく忘れてしまったかのように知らん顔だった。
 翌日、また二人で車に乗っておばあちゃんを訪ねる予定だったが、「その前に車、直した方がいいんじゃないの?」と娘が提案する。「明日、お父さんお仕事お休みだから、車でどこか行くって言ってたよ。」と。
 !グッドアイデア!なんて賢いんだろう!「そうだね、そうだね。その通りだよ。」と言いながら、祖母とのお花見の予定をずらしてもらって、まずはホームセンターで擦り傷なおしのコンパウンドを買って試してみた。
 娘は嬉々として手伝っている。「ねえ、傷ペンの方がいいんじゃないの?」と言うので、傷ペンも買って塗ってみた。「やらせて、やらせて」とまるでお絵かきでもするように、楽しんでやっている。
 
 結局、自力ではきれいにならなかったので、母がいつも利用しているというカーステーションに案内され、修理かなと思ったら、手持ちのコンパウンドできれいに直すやり方を説明してくれた。そして、力をこめて拭いたら、夢のようにきれいになって、嬉し涙が出そうだった。
 その晩も娘は何も言わなかった。
 二人きりになった時、「明日車で三人でお花見行くんでしょ。あんなにきれいになったんだから、お父さんに言ってもいいんじゃないの?」と言われたが、まだ言いたくない理由があって、「今は言わないで」と言っておいた。
 娘はどこまでも約束を守る。
 翌日三人で車でお花見のはしごをして、何度も何度も車を乗り降りしたのに、夫は何も気づかない。娘も私も一言も言わない。それで娘は忘れてしまったのだと思っていた。
 最後に家に帰り着いて、今度は二人でピアノの稽古に向かった時、助手席に乗るやいなや、「お父さん何も言わなかったね。」と言った。
 忘れていなかったのだ。そして、約束を守ってくれていたのだ。なんて口が堅いんだ。
 私は素直に驚いた。そんなことができるなんて。これも成長かなあ。
 この先、娘を味方につけておいたほうが絶対いいような気がする。それには、私の方も娘との約束を守らなきゃ。娘に「お父さんには言わないで」と言われたことを、彼女が寝た後に言ってしまったことがあるけど、今度から言わないようにしよう。(なるべくね)
 なんだか、娘が急に大人っぽくなったような気がした。
 これなら、今回の傷とは別に、3ヶ月くらい前に車にポチンとへこみを作ってしまったことを私だけの秘密にしてあるのだけど、教えてあげてもいいかもね。

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おつかい

 うちの子は今、おつかいに行っている。それで私も、こうしてのうのうとパソコンに向かっていられるわけだ。
 昨年、一年生になってから「はじめてのおつかい」を果たして以来、まだ数えて3回目、昔の子供からは考えられないような情けない経験ではある。
 実は、きのうの夕方、お米やペットボトルの水を大量に買うために、近所のスーパーへ家族3人、車で出かけたところ、店内で一人でおつかいに来ている隣のお嬢さんにばったり会った。
 リュックサックを背負い、お母さんに書いてもらったメモを頼りに、とりのむね肉や食パンをかごに入れて、レジに並んでいた。レジではちゃんと「レジ袋要りません」のカードをかごに入れ、お母さんから預かった、その店のポイントカードを提示し、買ったものをリュックサックにつめていた。
 感心した。しっかりしている上に、エコ!家庭でのしつけが目に見えるようだ。
 けれど、そんなふうに見える子も、聞いてみるとおつかいはとても久しぶりとのこと、ものすごくドキドキしていたらしい。それで、車に乗せて連れ帰ってあげようかとも思ったけど、それではおつかいの練習にならないから、お隣のママは喜ばないだろう。
 そこで、我が子を一緒に歩いて帰らせることにした。隣のお嬢さんは嬉しそうだった。
 夜になると我が娘は、「おつかいが…」と何だかもじもじ言うので、「じゃあ、明日一人で行ってみる?」と聞いてみると、「いいよ」と応える。
 「うん!!」と言えないところが、プライドと言うのか、頼まれたからしかたない、行ってやるか的な様子でちょっとおかしい。行きたいけど、ちょっとこわい。でも、隣の子が出来るなら私だって、というところだろうか。
 買い物リストを私に書かせ、自分でも念入りにチェックして、私の携帯電話を用心に持ち、鍵まで持って用意周到に出かけて行った。
 
 と書いているうちに、電話がなる。
案の定、豚の挽肉が分からなくて電話をしてきたのだ。
スーパーのパックの表示については、詳しく説明し、大体何グラムかを教えたけど、挽肉がどんな様子なのかとか、精肉コーナーのどのへんかまでは言ってなかったから、しばらくうろうろしたらしい。 
 左の方にあるよ、と言うと、「あ!あった」の声。「でも、へびみたいな肉じゃないよ。」と言う。へび?ははーん、ばら肉やもも肉は細く切って並べてあるからへびのように見えるのか。子供ならではの観察だ。
 細かく刻んである肉だよ、と言うと安心して電話を切った。

 こういうとき、携帯電話ってほんとに便利。もちろん、間違えて買って来たってたいした問題ではないのだけど、うちの子は何しろプチ完璧主義だから、間違えたと分かったら達成感に水が差される。
 達成感が大事だからね。
 この先、3年生になったら、さっそく一人や友達どうしで出かける機会を増やしてあげようと思っているわけだから、自覚のある3年生になってもらうためにも、小さな積み重ねは必要だ。
 
 最近、ある通信教育会社から頻繁に「また始めませんか?」コールがあって、ダイレクトメールもおびただしい。子供向け、大人向けと両タイプあって、どちらにも興味や痛いところを見事につくように考えられている、その広告を読むと、「3年生では理科や社会も始まるし、漢字や計算もぐっと難しくなります。一番つまづきやすいのがこの学年。でも、この学年を乗り越えれば、あとの小学校生活もスムーズに行くのです。」と書いてある。
 私も夫も、なるほどと思った。素直に受け入れてしまった。折から、私自身2年生の復習をきっちりさせておいたほうがいいなあと思っていたところだった。
 それで親も子もすっかり相手の術中にはまり、申し込んでしまったのだが、その開始に先立って、以前やめた時にたまっていたテキストを消化させることにした。
 子供は案外一生懸命で、魅力的な付録につられてなのか、夏休みからたまっていたテキストを3,4日かけて必死で机に向かい、とうとう隅から隅までやりこなしてしまった。
 なんか根性ついてきたなあ、と思う。
 少しずつ、やりたいことや自分の能力がはっきりしてきたのかもしれない。
 いろいろ変わるという3年生。ちょっと楽しみになってきた。

 子供が元気に帰ってきた。「油揚げ」は一番安いのを、と頼んでおいたら、ご丁寧に「20円引き」のシールが張ってあるを選んできた。きのう、夫が「いちごが安い!」と言いながら、「20円引き」のをかごに入れていたのを見ていたのだろうか。うーん、エコと言えばエコ。でもお隣とはなんか違う…。ま、いいか。


 
 

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最近は…。

 ずいぶん間が空いてしまってごめんなさい。

 やはり小学2年生ともなると、どんどん自分でできることが増えているので、母親としてもそうそうべったりな気持ちではなくなってきている。
 やっと一人で鍵を開けて帰って来て、30分くらいならお留守番できるようになったし(涙)、近所の習い事の教室にも、一人で帰って来てランドセルを置いて、時間を見計らって行けるようになった。
 時々、早起きしてきてさっさと支度を済ませ、朝食も手早く食べて、こちらが急かすこともなく元気に学校へ行ったり、本当にたまにだけど、言わなくても宿題をやっているときもある。
 だから、余計に、母の私は期待をして、何もかも自分でできるものだと思い込み、思わぬところでポカをする。
 たとえば、今日は寒いから上にもう一枚着た方がいいからと、何も言わずに出しておいた上着が置き去りにされているのを見て、「あれ。なんで着ていかなかったんだろう??」と思い、そうか、自分が言わなかったからだと気づいたりする。自分が気づく日常のことは当然、子供も分かっているような錯覚を持ってしまうのだ。
 でもこの年齢は、一回できたことをまた大人と同じようにできるかと言うと、大間違いなのだ。一回できたから、大人の感覚では当然、それが習慣化されてこちらが何も言わずともできると思いがちなのだが、まだそう、うまくは行かない。
 周りのお母さんもよくそのことにびっくりしているらしい。バレエの発表会の時、忘れてならない持ち物を、子供に「あれがない」と言われて、「えっ!?なんで入れなかったの!?」と青くなっている人を二人ほど目にした。
 親にしてみれば、当然娘がきちんとやっていると思ってしまうのだ。親だって出かける前は、自分のことで忙しいし。
 そのことで父親に叱られたりするけど、それはそういうものなのだから、しかたがない。
 人間って、そうやって何度も出来たり忘れたりして大きくなっていくものなのね。

 最近の我が子の成長としては、ご飯を食べるのが早くなったことが一つかな。1年生の時は朝食も30分かかって食べていたけど、最近は15分から20分あればまず大丈夫。
 それから、よく食べるようになった。麺類などは大人なみ。
 だから、身長がぐぐっと伸びたみたい。
 不思議なことに、背が伸びると自信もつくのか、言うことも大人びてきて、少々憎たらしい。でも、まわりを見る余裕も出てくるのか、友達のことを観察できるようになってきた。

 3年生になると、一気に変わるとよく聞く。一方では、うちはあまり変わらなかった~との声も。
 今のまま、もっと自分に自信をつけて、自分のことを「~ができない」とか「~が苦手」などと限定しないで生きてほしい。そして好きなことにはもっともっと集中して、高いレベルに挑戦する勇気を持ってほしい。
 変わっても変わらなくても、とても楽しみ!!

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当日

今回は私も思わずのめりこんで必死になっちゃったので、本当は正面から我が子の演技を見たいお母さん達を駆り出してお着替えスタッフに回したり、衣裳もちゃんと揃えたり、何より子供たちに「演技を教えた」。
歌・踊り・スペーシングは当然のこと、台詞の言い回しから、動作・表情・顔の向きまで、理解してくれそうな子には何でも言った。
一つの台詞を10回くらい言い直させて、子供にいやな顔をされた。

なぜだか、そんな風に一生懸命だったので、ちょっと私用で休むとか野球の試合が長引いてとかの報告を受けると、胸がつぶれそうな思いをした。しまいには、そんな私の様子を察したお母さん方は、子供が38度の熱を出しても座薬を入れて練習に来させることになっていたのだ。
そして当日。
ひょっとしてみんな熱が下がらず、最悪リハーサルなしで本番を迎えるか…。無理させて肺炎なんかになったりしたら発表会どころじゃないもんな…とかなりびくびくで朝を迎えた。


そして、果たして本番は…
みんなケロッと元気で、舞台は大成功と言ってもいい出来だった。
信じられない…。少々緊張している子もいるにはいたけど、早くからのお客様の笑い(!)に背中を押されてか、伸び伸びと楽しんでやっている。
あんなに練習中、集中できなくて袖で騒いだり、台詞を忘れたり、出番になっても出てこなかったり、基本的なミスだらけで注意の嵐だったのに、本番をこんなふうにいとも軽々とやってのけるなんて…。
一番声の出てなかった子に三ヶ月間ずっと、「大きい声でしゃべろうね」と言っていたが、時折「気が向いた」時しか出してくれなかったのに、本番は30分間一度も集中を切らすことなく、大きな声で演技していた。しかも、見たことない手振り身振りで表現しまくり。それって何?!
すべては舞台という非日常の魔法だろうか。
お客様もずいぶん笑ってくれて、ストーリーにも集中してくれて、このうえない素晴らしい空間だった。

おかげさまで私も、子供の劇の演出にはちょっぴり自信がついたかな。
ちゃんとやればお客さんにも伝わることが分かったし。
でも、子供を教育するという点では、ますますその深さと大変さを思い知った。本番で豹変することは、もちろん大人にもよくあることだけど、そこに私が積み上げるように伝えてきたものは生かされてるのだろうか。
ない、ような気もする。
そんなものを全部はねのけて、一瞬のエネルギーに変えてしまえるのが子供なのだ。(左脳が働き始める前の年齢によく起こるということも分かったが。)
同時に舞台という高みが人間の本能をくすぐるのも実感した。

舞台は魔物だ。本番には何が降りてくるか分からない。今回は幸運の女神と、そして私により深く演劇を学ばせるための演劇の神様も降りてきてくださった気がしている。
おかげで今いろいろなことを考えている。
このクラブの存続はもちろんのこと、将来やりたい舞台、やってもらいたい役、どうしたらもっと楽しく効率的に練習できるかなどなど…。
でもしばらくは、終わって心底ほっとした、この「よかったぁ~」感を楽しんでおこうかな。
ほんとによかった。協力してくれた皆さん、本当にありがとうございました。
来てくださった皆さん、本当にありがとうございました。

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